04.いつも通りの「あした 」がきますように
「お嬢、花もいいけど休憩しませんか」
「また子さん」
「またずいぶん長いこと集中していたみたいっスね 」
そうだねと返すけどこの部屋には時計がない。時間を気にしたくなくてわざと外している。
週末になると趣味の生け花をするために用意して貰ったこの和室に篭っていることが多い。高杉組の昔馴染みのお花屋さんが花を届けてくれたり自分で草木を探しに庭や外を散歩に行く。そうして手に入れた物を使って空間を飾るひと時が好き。
花や草木が高杉組のみんなを見守ってくれますようにと願いながら作品を作っていると、あっという間に時間が過ぎる。休憩や食事も忘れてしまったりすることもある。また子さんや万斉さんが見るに見かねて部屋に訪れるのがいつもの風景になっていた。
「いつ見てもお嬢の生ける花は綺麗っス。プロになれますよ 本気で」
ありがとうとお茶を受け取ると、また子さんはわたしの着物を見て微笑んだ。
「やっぱりお嬢は着物が似合うっスね 」
「ほんと?着物だと背筋がしゃんと伸びるから毎回着ちゃうの。ちょっと大変だけど」
「絵になるっスよほんと。美女に着物に花。私が男だったらもう完全に襲ってます」
「襲うって」
「あっやば、こういう話お嬢にはするなって言われてるんだった 」
はははと笑って誤魔化したまた子さんはじゃあごゆっくり〜と出ていった。しばらく集中していたせいで頭がぼんやりする。ちょうど花は完成したところだったから気晴らししようと思い庭に出るともう日が傾いていた。本当に時間を忘れていたらしい。夕陽が眩しくて目を擦っていると後ろから声が掛かる。
「どうした」
低い声に手を引かれ、正面を向かされて顔を覗き込まれる。
「晋助、」
「何やってんだ」
「目が疲れちゃった…」
「また篭ってたんだろう。休み休みやれと言ってるだろ」
「うん……」
「花は出来そうか」
「できたよ。いつものところに置くね」
「後で取りに行かせる。その状態で花台運ぶな」
絶対転ぶと言われてまた子ども扱いして、と言いたくなったけどあながち間違いでもないから黙っていることにする。
…なんだか、頭がガンガンして痛くなってきた。やり過ぎたかも。みんなが口を酸っぱくして休憩しろと言ってくる理由はこうなるからだ。ちょっと無理するとすぐダメになる。体力のない身体だなぁ。とっても燃費悪い。
「大丈夫か」
「…お兄ちゃん、お部屋まで抱っこして……」
「…ああ」
ずるい呪文だ。
お兄ちゃんと呼べば断らないってわかってる。甘えれば受け入れてくれるって知っててこの言葉を使う。お姫様抱っこの状態で抱き上げられた。
「う、」
「頭痛ェか」
頷くのもしんどい。答えられないでいるとあまり揺れないようにいつもより静かに歩いた晋助がわたしの部屋を開けベッドに身体をゆっくりと下ろした。帯を解いて着物を緩めると、カタンとクローゼットを開ける音がした。
「…少し休んだらじぶんでできるよ、」
「黙ってろ」
戻ってきた晋助は部屋着用のワンピースを手にまたわたしの着物に手をかけた。確かに今の状態で自分で着替えはできない。諦めて、心の中でお願いしますと頼んだ。
晋助は長年わたしの面倒を見てきたただけあって着替えとか介抱とかそういうものには慣れている。わたしも彼に着替えさせてもらうのは慣れているけど、それはもう何年も前の話だ。指先が肌に触れると少しだけ恥ずかしい気持ちが生まれた。
春機発動期。少しずつ身体の作りが変化している。胸も膨らんでくるし、身長も伸びて身体全体がふっくらしてくる。
わたしはたまに成長する自分の身体が恐ろしくなる。だってこの変化は、大人の女性への階段を登っていることをありありと知らせてくるから。全てはこの家を出て、知らない誰かと結婚するための身体。晋助の目にはどう映っているのだろう。
この人の妹でいたい。そのためにはこんな身体じゃだめなのに。
「名前、医者呼ぶか」
柔らかな肌触りのワンピースを着せられて軽く結っていた髪を解かれると晋助が親指でわたしの目元を擦った。頭が痛くて泣いてると思われたんだろう。
「ううん、だいじょうぶ」
「次倒れたらあの部屋壊すぞ 」
「…はい 」
ごめんなさいと呟くと、涙で濡れた目元に晋助の唇が触れた。じわり。心の中に溢れたのは涙に似た何か。
「お兄ちゃん」
「どうした」
「手、にぎって 」
当然のように手を繋いでくれる体温が愛おしくて、悲しい。
この感情の名前なんてわからないし知らないままでいい。晋助と一緒にいられる残された時間、わたしの全部であなたを想う。
title by 言祝