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03.優しい仮面を被っている

「お兄ちゃん、買い物付き合って」

「おー」

「バイクじゃなくて歩きだよ」

「マジでか」

珍しくお兄ちゃんが家にいるので買い出しを頼んだらOKしてくれた。今日は機嫌がいいのかな。スーパーまでてくてく並んで歩く。銀時お兄ちゃんはのそのそゆっくりした歩き方なので歩くのが遅いわたしでも無理なくついていける。

「名前さぁ、高等部で噂になってんぞ」

「えっ?わたし?お兄ちゃんじゃなくて?」

「中等部の高嶺の花っつってなー。まぁ高等部の花も結構雰囲気あるけどな。チラッと見たことあるけどなんかこう…ハーフっぽいオトナ美人って感じで」

「なあに、タカネノハナって 」

「うちの学校の美人ランキングで1位取った子に付けられるあだ名。毎年野郎が勝手にやってるだけだからお遊びみたいなもん」

「へぇー、それになったら何か貰える?」

「なんもねぇよ。ただヘラヘラして歩いてっとすぐ噂回るぜ。高嶺の花が鼻くそほじってたーつってな」

「それお兄ちゃんでしょ」

今日のお兄ちゃんはよく喋ってくれる。
妹が高嶺の花とか呼ばれて嬉しいのかな。そんなわけないか。どうせそうなったところで誰も話しかけては来ないだろうし今までとは特に変わらない扱いなんだろう。わたしに利益はなさそうだ。

「お夕飯何食べたい?」

「あー……、今日は、」

「おうちで食べてくれるならいちご牛乳買う」

「……わかった」

「やった!」

嬉しくて腕にぎゅっとしがみつくと、しょーがねーなぁと笑う声が聞こえた。

「お兄ちゃん、なんだか硬くなったね」

こんなに腕、しっかりしてたっけ。
身長もぐんと伸びた気がする。

「お前はどんどんやわくなってくなぁ」

「ちょっとだけお肉ついたのバレた?」

「そういう意味じゃねーけどそういうことにしとくわ」

「あと身長が3センチも伸びました!」

「おっ、すげー」

手を繋いで歩く時間が好き。バイクだと繋げないから。すぐにどこか行っちゃって追いつけないから。ずっとずっと一緒に歩いて欲しい。でも、もう高校生と中学生だ。来年には高校生になる。いつまで手を繋いでいてもいいんだろう。そういうのって、いつ誰から教えてもらえるのだろうか。それとももうわたしたちはおかしいのかな。

「お米買ってもいい?」

「5kgまでな」

「牛乳とお醤油と油も欲しい」

「ちょっとキビイわ、それ」

「じゃあいちご牛乳やめとくね」

「そこは牛乳をやめなさい 」

バイクで行った方が良かったんじゃねーかと呆れるお兄ちゃんの手をぶんぶん振った。

「バイクに乗ってるお兄ちゃんより、のそのそ歩いてるお兄ちゃんの方が好き」

「……そーだな」

薄ら笑いを浮かべたのは自分にも自覚があったからなのだろうか。お兄ちゃんはもともと喧嘩したり争ったりするのは好きじゃない。

「…チームってケンカとかするんでしょ。他の高校生と」

「さあなぁ」

「どうして一番を決めたりするの?みんな強いならそれでいいじゃん。仲良く協力すればいいのに。男の人ってよくわかんない」

「なんでだろうなぁ、」

遠くの方を見ながら本当によくわからないといった声で答えてくる。唸るようにたぶん、と呟いたからその言葉の続きを待った。

「バカだからだよ」

「……バカなんだ」

「俺はリーダーなんて器じゃねぇ。人をまとめてやりたいこともねーし、チームをデカくしたいとかそういうのも全部面倒くせー。他校のやつらとつるむのも含めてな。ただバイク転がしてりゃあそれで楽しかったんだけど、それを気にくわねぇと思う奴もいる」

「……じゃあバイクやめる?」

「そうさなぁ、お前を学校に送らなくても良くなったらやめるわ」

「来年?」

「高校で1年被るだろ」

「うーん、」

他校に受験しようか悩んでるってこと、言った方がいいのかな。でもまだ決めたわけじゃないし。

「わたしひとりで学校行けるよ」

「名前を送らなくなったらいよいよ俺学校行かねーぞ」

「そう言うけど、バイクが好きなだけでしょ」

「……まあそれもなくは無い」

「バイクなくなったらさみしい?」

「さみしくねーよ」

名前は?と質問を返される。

「お兄ちゃんがいるからさみしくないよ」

繋がった手が、ぎゅっと強く握り込まれた。

「ごめんな」

どうして謝ったんだろう。
見上げた銀髪がゆらゆら揺れた。

「お兄ちゃん、大好き」

「ん、俺も」

今日は、お兄ちゃんの好きなものを作ろう。
たくさん作って、たくさん一緒に食べよう。
夜になったらまた出ていってしまうのかな。



title by spiritus