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02.わたしのかみさま

「おにい……晋助、行ってきます」

「ああ、気ィつけな」

「今日は万斉さんが送ってくれるから大丈夫だよ」

部屋で書類を見ている晋助お兄ちゃんに挨拶をして広いお屋敷を後にする。舎弟のみんなが「行ってらっしゃいませ」と口々に言ってお見送りしてくれる。一人ひとりに手を振って車の後部座席に乗った。ふかふかの座席に座り運転席の武市さんにおはようございますと挨拶をするとにこやかに返してくれた。

「晋助は起きていたか」

「うん、なにか書類読んでた」

「そうか」

隣に座る万斉さんは高杉組の舎弟頭、という役職らしい。よくわからないけど舎弟のみんなのリーダー的な位置付けらしい。お兄ちゃんよりも年上で兄貴分のような、幼馴染みのような関係に見える。若頭と呼ばれるようになったお兄ちゃんのことを未だに名前で呼ぶのは万斉さんだけだ。
わたしにも小さい頃から何かと面倒を見てくれる。真っ黒いスーツにサングラスをかけているから雰囲気は少し怖いし表情はよくわからないけどとても優しい人だと思う。

高校生になってからお兄ちゃんは『お兄ちゃん』と呼ばれると眉にしわが寄るようになった。わたしももう15になった。若頭として組の仕事に忙しい中、『お兄ちゃん』という役割をこなすのも大変なのだろうかと思い、なるべく晋助と呼ぶことに決めた。でも甘えたくなったり気を抜くとすぐお兄ちゃんと言ってしまう。だって小さい頃はそう呼べばすぐに抱き上げてくれた。わたしだけのお兄ちゃんはみんなの若頭になってしまった。ううん、彼は最初から跡取りだからお兄ちゃんの役割は期間限定の仮の姿だっただけ。

わたしもそろそろ自分の役割をこなさないといけない歳になる。ヤクザの家に生まれた女の子はだいたい組同士の『利益』のために決められた相手と結婚することになる。まだお父様から直接言われたわけではないけれど、幼い頃にそういうのが女の役割だと教えてくれたのは誰だったっけ。とにかく今のわたしはいつか嫁ぐことになるお家に相応しい淑女にならなければ、と思っている。
ただそれがどのような女性なのかはよくわからない。だってお屋敷には女の子が全然いない。ただ1人だけ、わたしの身の回りのお世話をするように付いてくれているまた子さんだけが唯一の女性だった。だけど彼女はどちらかというと舎弟よりも舎弟らしく……血の気が多い女性だった。おしとやかというにはあまりに活気がある。そういう明るい性格にはたくさん助けられてきたけど。

「名前さん、昨日は若頭を待っておられたのですか」

「うん、でもまた先に寝ちゃった」

「そうでしょう。昨夜も遅いお帰りでしたから。寝てしまうのも無理はありませんよ」

「いつになったら朝まで起きていられるんだろう」

「夜更かしはお肌の敵ですよ。特に名前さんは成長期なんですから」

「晋助も万斉さんも朝まで起きてても平気なのはどうして?なんだかずるい気がする…」

「そうだな、まずは寝癖をしっかりと直すところから始めたらどうだ?」

万斉さんがわたしの髪のひと束を撫でた。
慌てて鏡で確認すると見事にぴょんと跳ねていた。
武市さんが声を出して笑う。

「うー、みんないつまでも子ども扱いして」

「子どもに子ども扱いして何が悪い?」

万斉さんも笑いながら何度か髪を撫でつけて寝癖はなんとかおさまった。ああ、恥ずかしい。

「最近晋助をお兄ちゃんと呼ばない理由を教えてくれないか」

「……若頭だから」

「ほう?若頭になったら名前の兄じゃなくなるのか」

「違うけど、若頭とお兄ちゃんを一緒にやるのは大変だから」

「晋助がそう言ったのか」

「言ってないよ、」

「名前が甘えなくなったら晋助に甘える人間が1人もいなくなるぞ。寂しいんじゃないのか」

「…お兄ちゃんも寂しいと思うのかな?」

「名前が甘えるのを我慢しているんなら晋助も寂しいんじゃないのか、兄妹とはそういうものだろう」

「…万斉さんひとりっ子だよね」

「おや、ひとりっ子からの助言は効かぬか」

「ううん、ありがとう。少しずつ慣れていくことにするね」

「そうしてくれ。アイツの機嫌が悪いと尻拭いする方が大変だ」

「晋助とお仕事するの大変?」

「大変だな、それが楽しいが」

万斉さんが薄く笑ったことに機嫌を良くして学校の前で車から降りた。武市さんが「では放課後」と言って車は去っていった。早く帰ってお兄ちゃんに会いたいな。今日は一緒に寝れるだろうか。



title by 失青