「オレはホシダ ヤマトだ!」

休んだことで少し疲れがとれたので、フルギ達はひとまず食料を探すことにした。
この館で目覚めてから時間が経ち、もう日も沈むころになってしまっている。お腹の中身が無くなったと錯覚しそうなほど空いて来ていた。
女性二人は死体をみたり、こわい男に襲われたりと精神的に塞いでしまっているのか、あまりお腹は減っていないと言う。
しかしフルギとホシダは普段からそれなりの量を食べて生きている。
いくら精神的に参っているとはいっても、減るものは減るし、むしろ食べないと気が滅入る一方である。
図書室を出発し、四人でまだいっていないところへと向かう。今度向かうのは、先程男に襲われたとのは逆、玄関からみて階段の左側奥にある廊下である。
男がいた場合危険なため、他の部屋で見つけた木刀を手に持って移動する。何故木刀があるのかは不思議だったが、もともとこの家に防犯で置いてあったものを犯人が撤去し忘れたのだろうと納得している。
移動を始めた時、期を見計らったと言うように、ホシダが名を名乗った。
その瞬間、三人はホシダだけ自己紹介してもらうことを忘れていたことに気が付いた。
そのはっとした顔をみて、ホシダは少し楽しそうに笑う。

「オレだけ自己紹介してなかったんだ、よろしくな」
「うわぁ…完全に忘れてた、ごめん」
「ごめんね…?」
「あなたの影が薄いからね」
「それは流石に酷くないかホッタさん」

自己紹介は効果的だったらしい。この四人の間には、奇妙な信頼が出来始めていた。
こういう状況だからこそ生まれる関係ではあるが、仲が良い方が脱出もしやすいだろう。
ここに来てからはじめて少し安心できたような、そんな感情を得ながらフルギは先頭を歩いていた。

「あ、ここ、キッチン?」

奥の廊下に入り、更に進んだ奥。
そこは別館に繋がっており、本館には劣るもののそこもかなり大きい場所だった。
渡り廊下の奥には左右に大きな部屋、さらに奥には二階に上がる階段と食糧庫にでもつながるのか、地下へと向かう階段があった。
まず左側のドアをあけると、そこは数人が食事をとれるようなスペースと、広いキッチンが設置されていた。
雰囲気や装飾から見ると、お手伝いの人達が住んでいたのかもしれない。

「なにか食料あるかな」
「ここに冷蔵庫があるわよ」
「ホッタさん、あんまり先行すると危ないよ」
「大丈夫よ、あんな男怖くないわ」

木刀をもつフルギを追い越し、ホッタが中へと入って行ってしまう。それに対し注意すると、ぷいとそっぽ向かれてしまった。やはり彼女が強情と言うか、強気と言うか。
業務用なのか、大きい冷蔵庫をあけた彼女の後ろから中を覗くと、あんがい食材が揃えられていた。

「野菜に、肉に、卵に…。結構あるんですね」
「そうみたいだね…ってハヤサカさん、敬語」
「あはは、やっぱりなかなか抜けなくって。難しいですね、タメ口って」
「俺達をホッタさんだと思えば話せるよ」
「それは無理だろ…」

横で呆れたように言うホシダに、ホッタはふんと鼻をならした。
とにかく食材はあるようだ、これで餓えることはない。一つの死の可能性が回避されたのは、喜ぶべきことだった。
冷蔵庫はまだ何台か存在し、そのどれにもある程度の量が入っていた。あまりがつがつと食べる余裕はないが、当面は普通に食事ができるだろう。

フルギがほっと息を吐いた時、ドアの方からガタッと音が聞こえた。
瞬間全員息を呑み、ドアからの視覚に隠れる。

――また、あの男か?

三人のそんな緊張を肌で感じながら、木刀を思い切り握りしめる。
すこし汗をかいていて、じっとりとしている。
あの男なら、あそこに来たときに飛び出して、ねらって…。頭のなかでシュミレートしながら、ドアがゆっくりとあくのを見詰める。

「誰か、いるんですか」

どのドアから入って来たのは、黒髪のあの男ではなかった。
茶色とクリームいろを混ぜたような短い髪の毛で、前髪はみっつに別れている。
怯えるように見渡す目、震える手、縮められている肩。
年齢は、フルギと同じくらいに見える。カッターシャツに長ズボンという格好に身を包んだ男は、中に入り、こちらに近づいてくる。
よく見ると、右腕の二の腕あたりに怪我をしているようで、血が滲んでいた。
まず、声を掛ける。

「あの、あなたは誰ですか」
「っ」
「まって、話を聞いて!俺はあんたがなにもしなければなにもしない…質問に答えて。」

驚いてドアの向こうへと再び去ろうとする男に、落ち着かせようと声をかける。
逃げられてもどうせこの館でいずれ出会うはずだ。
今彼がどういう人間なのか、どういう状況なのか、しる必要があった。
危険な男には見えないが、見た目ではわからない。木刀をぎゅっと握る。

「……イチノセ マサヤ…」
「イチノセ、さんね。…あなたはどうしてここに?」
「いつのまにか、この館に居て…歩いてたら、男に襲われて」

そう言いながら、背後が怖くなったのか、ドアを閉めるイチノセ。聞くに自分たちと同じ境遇のようだ。
か細い声は今にも消えてしまいそうなほどで、それほど恐ろしい体験をしたのだろう。
襲ってきたのがあの男ならば、それもうなずけることだった。
もう少し質問を続ける。

「じゃあその時に、受けた傷ですか、それは」
「はい、これは、あの男に…ヘビノに、やられました」
「ヘビノ?」
「あなたも、僕と同じなんですよね…?ヘビノに襲われませんでしたか、黒髪の男に」
「……。」

ヘビノ。それはあの男の名前なのだろうか。
後ろをみると、ハヤサカとホッタは息をのんで肩を寄せ合い、ホシダはいつでも飛び出せるように構えている。
自分がしっかりしなくては。
一先ず危険はなさそうであると判断し、影から出る。そのフルギ達の姿を見て、イチノセはさらに驚いたように少し後ずさった。

「……?!」
「……俺達も、犯人に、おそらくヘビノに誘拐されてきたんです」
「!」

フルギのその言葉に、イチノセは少しびくっとして、それから少し安堵したように息を吐いた。
彼は一人だ、ここまでくるのにもずっと一人だったのだろう。それはさぞかし怖い事だっただろうと想像できた。
フルギ自身も、一人であの男に出会い、探索していたらと思うと鳥肌がたつ。
まだ少し警戒して少し距離をあけつつも、近づいた。木刀は後ろ手だ、いつでも出せる。
落ち着け、と自分に語りかけて、気になったことを問う。

「ヘビノ、というのは、黒髪で黒縁メガネをかけた…ユリ、とずっと言っている男のことですよね?」
「はい、そうです…ついさっき、僕は目が覚めたんですけど…、廊下に出たらいきなり襲われて。」

誰だと尋ねたら、ヘビノだと答えたのだと言う。
イチノセはぎゅっと拳を握りしめながら、こちらを見詰めている。
あちらも、こちらも、警戒が強い。
その時、ハヤサカがすっと前に出た。それからそのままイチノセに近づいていき、腕に触れる。

「ハヤサカさん!?」
「あの、ここ…ヘビノって人に、切られたんですか?」

驚くフルギには一瞬目を向けて笑い、イチノセに向かって腕の怪我を問う。
そのハヤサカのいきなりの行動にイチノセは戸惑いながらも、こくりと頷いた。
ハヤサカは顔を近づけて傷を確認すると、わずかに顔をしかめて、血は止まってるみたいですね、と言った。

「でも早く消毒しないと。ばい菌でも入ったら大変です」
「え、はい…」

人見知りなのか、ハヤサカをも警戒するイチノセの姿、それからハヤサカの優しさを見て、フルギはイチノセを警戒するこがだんだん不毛に思えてきた。
ふう、と息を吐き、肩を降ろす。
イチノセさん、と声を掛けながら近づいた。

「イチノセさんは、ヘビノが犯人だと思いますか?…俺達を誘拐し、ここに閉じ込めた」
「……」
「今この館で出会った六人で、攻撃的なのはヘビノだけ。…それから『出られるのは一人だけ』という紙と、扉にあった『あと六人』」

キーワードを次々を羅列していくと見えてくるものがある。
そのフルギの言葉に、イチノセは唇を噛みしめていた。彼も見たのだろう、紙を、ヒメジを。
考えてみれば簡単だったのかもしれない。
1人だけ、あと六人。ここに居るのはおそらく七人。
きっとこれで出そろったのだ、役者が。



「ヘビノは、この館で、俺達にデスゲームをさせようとしている。…違いますか?」



そう言い放ったフルギの言葉は、しんと部屋に響いた。



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