犯人は、一体誰なのか何処にいるのか何が目的なのか!
これが小説や漫画なら、館内放送のようなもので説明をしてくれてもいいところである。
しかしそれらは当然のようになく、フルギ達は訳の分からないまま訳の分からない状況を過ごすことを強いられている。
それは精神的にかなり響いていて、フルギ達は一様に顔が青ざめて来ていた。
それに加えて、死体ときた。ただ叫んで走り回ってしまいたい。そうしたら犯人も出て来てくれるのだろうか。
いっそ狂ってしまいたいと思う時が、来るとは思ってもみなかった。

「ヒメジさん…」
「なんでミキが、これ、現実なのよね」

死体の両脇にハヤサカとホッタが立ち、暗い瞳でヒメジを見下ろしていた。
その瞳は開くことはない。
人の死は、これ程までに急で空虚で静かなのか。初めて得たその感覚は、苦々しく胸の内に広がっていく。

「二人とも、とにかく、ここから移動しましょう…こんなところにいたら、頭がおかしくなってしまう」

フルギのその言葉に、二人は悲しそうに顔を歪め、亡骸は、と呟いた。
勿論埋葬できるのならしてあげたい。しかしそれが出来るのなら外に出られると言うことだ。
二人もそれが分かっていたから、それ以上はなにもいわず共に部屋の外にでた。

「ホシダさん、大丈夫ですか?」

尚も外で腰を抜かしていたホシダに声を掛けると、大丈夫です、と弱弱しく答えが返ってきた。
ホシダが立てるように手を貸し、立ち上がる。
その瞬間、廊下の奥で銀色が閃いた。

「っ!?」

とっさにホシダと共に再び部屋の中に飛び込む。部屋からでようとしていたハヤサカ達も驚いて部屋の奥へと逃げた。
どうしたの!?と声を荒げるホッタに構う余裕もなく、扉の前に現れた人間を正面から見据えた。

「誰だ、お前」

長めの黒髪をたらし、黒縁メガネをかけた男が、真っ赤に濡れた包丁を持って立っていた。
その男は包丁を突き出しながら、こちらにそう問いかけてきた。
それはコッチの台詞だと言いたかったが、喉からうまく声が出ない。
これが恐怖か、と理解する。指先が痺れ、膝が震え、喉が詰まる。
突然現れたこいつはなんなんだ?その赤く濡れた、血?血で濡れている?包丁は。
まさか、ヒメジをさしたのは。人殺しが、目の前に立っているのだろうか?
なにも言わないフルギを男は一瞥し、奥に居る女性二人に視線を移した。

「……ユリ?」

その途端、にこ、と。二人をみて、男はとても幸せそうに笑った。
知り合いに出会った、いや、家族や恋人に会ったような幸せそうな笑顔。頬を緩め、口角をあげ、わずかに目を細めて笑うその表情に、敵意はみじんもない。
しかし女性たちは、完全に硬直していた。

「え、リエ、知り合い……?」
「リンネこそ……っ」

お互いに顔を見合わせて、問う。
男はなおも二人を嬉しそうに見つめていた。ああ、わかった。この男は、ヤバイ。
ピン、と糸を張りつめるような緊張感がフルギの中であらわになる。
血の付いた包丁、突然襲ってきたその挙動。ヒメジを殺したのはこの男で間違いはないだろう。
しかしそれ以上に。この男は、精神が完全にねじくれているのだ。
ゆり、とそう呟く男の姿はどこか恍惚としていて。二人を見ているようで、その実みてはいないのだと分かる。

「ユリ、ユリ……見つけた」

包丁をゆらりとあげ、男が一歩部屋に足を踏み入れる。

「ユリ、あいしてる」

振り上げた包丁から、血が滴り落ちた。ぽとり、その滴を見た瞬間、フルギは動きだした。
腰を低くし、叫びながら男にたいあたりをする。
こわい、当然だ。死にたくない、痛い思いをしたくない。それでも今動かなければ、待っているのは死に違いなかった。
茫洋とした目で二人をみつめるこの男は、愛していると言いながら殺そうとしている。
なんて狂っているのだろう、怖い。とにかく逃げなければ。
そんな思いで男の腹に踊り掛かり、部屋の外へと転がり出る。

「うおおおお!!」

ドン!と思いきり男の体と共にフルギが飛び、廊下へと出てもつれ合うように転がる。
包丁が刺さらなかったのは幸いだが、体をあげた瞬間、包丁が閃いた。肩をかすり、フルギの服と皮膚を軽く切り裂く。
同時に外に出てきたホシダが男の顔を正面からなぐりつけた。双方痛そうな低い音が響く。
その間にフルギは男から離れることが出来た。

「ホシダさんありがとうございます!」
「それなりに強いっていっただろ!逃げるぞ!」

慌てているのか、再び素のような荒っぽさが言葉に出るホシダと女性たちを連れて、男の横を通って玄関の方へと移動する。
背後から、大きな叫び声が聞こえた。

「ユリ!ユリ!!ボクのユリ――――!!」

ユリユリうるさいのよ、と強気にホッタが呟く。
この玄関前なら広いため、応戦しやすい。そう考えて男がやってくるのを待ったが、叫びを最後に男はこちらに来ることはなかった。
まだあの廊下の奥には扉があったから、もしかしたらそちらに別館でもあるのかもしれない。
とにもかくにも、危ない男から一旦逃げられたことには皆安堵していた。

「ユリ…って、誰なんでしょうか……。」

ハヤサカが横でホッタの近くに寄り添いながら呟いた。
ユリ、と狂ったように叫んでいたあの男。ヒメジを殺したのもあの男で、あの様子ではユリという女性もあの男が殺したのかもしれない。

「あの男が、オレ達を運んできたんですかね」

男を殴った拳が痛むのか、手をさすりながらホシダが溜息をつく。
そうだとしたら、とんでもない男に目を付けられたことになる。
しかし女性はともかく、男の自分たちまで連れて来られていることに説明が付きそうにも無かった。
わからないですね、とだけ答える。

「とにかく、安全そうなへやに皆で隠れて、一旦休みましょう」

このままでは全員疲労で倒れてしまう。
あの男から隠れることは、この場では一番最良の判断に思えた。



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