耳をつんざくような悲鳴が、館に響いた。

「っ!!?なんだ!?」

フルギ、ホッタ、ハヤサカの三人はほぼ同時に立ち上がり、フルギを先頭に叫び声の方へと走る。
声は男の物。おそらく、ホシダだ。

「ホシダさ、」

中央階段の玄関から向かって右側の廊下、その奥。
廊下の右側は男女別のお手洗いで、その向かい側は部屋となっているようだ。その部屋の前で、ドアをあけたままホシダはしりもちをついて部屋の中を凝視していた。
そしてその彼の座っている、廊下の敷物は、赤黒い。もともと鮮やかな赤をしているカーペットが、さらに赤の上塗りをされ赤く沈んだ色になっていた。その赤が染み、ホシダの手やズボンも赤く色づいている。
絵の具なんかじゃない。

「血……?」

ハヤサカが横で呟いた。
そうだ、血だ。どことなく生臭いような、鉄の様な香りがこの空間にはただよっている。それと共に、強い百合の香り。濃密な百合の香りが、この血の匂いを多く消し去っているようだ。
ゆっくりとホシダに近づく。

「あの、ホシダさん…?」
「あ、あああ、あれ、あれ!!!」

肩に触れようとすると、思い切り叩かれ、それで目が覚めたかのようにしてフルギに向かって部屋を差しながらホシダは叫んだ。
あれ、と示された部屋の中。半ば想像できるその中。
そこには、真っ赤に染まったベッドが中央に置かれ、その上に手を組んだ女性が眠っていた。

「死体……!?」

いや、死んでいた。あれを死体と言うほかはない。
ハヤサカとホッタはそのフルギの言葉に背後で硬直している。
それは日の光に照らされ、白い肌が輝く女性は、見た目は酷く美しかった。なんの苦しみも無いと言ったように穏やかに閉ざされた瞼、しかし血の気が失せて青白い肌。
彼女が横たわるベッドからは、今も血が垂れカーペットへと血の染みを増やし続けている。
真っ白なベッドは、悪趣味な赤いベッドへと変えられていた。おそらく背中に致命傷があるのだろう。

「ホシダさん……?」
「オ、オレじゃない!オレじゃない……!来たら、血が廊下に、」

部屋から視線を戻し、ホシダに目を向けると、その視線の意味を捉えたのか青ざめた表情で頭を横に何度も振った。
大人しそうな人だったが、素が出ているのか、少々荒っぽくなっている。
この短時間でこれが出来るとも思えない。自分が目覚める前に殺されていたのなら、話はまた別だが。しかしこの表情をみると、とても彼が殺しているとはフルギは思えなかった。
再び部屋の中を覗き、死体へとゆっくりと近づく。
靴のしたで血がびちゃびちゃと音をたてる。血を重く吸ったカーペットはあまり弾力が無かった。
ハヤサカ達は悲鳴すら上げることができず、部屋の外に佇んで口元を抑えている。
フルギは死体の真横までやって来た。

「……」

金色に近い茶髪をボブにした髪形と、まるい襟にリボン、柔らかそうなスカートを身につけた彼女。化粧は少し濃いめで、きっとおしゃれが好きだったのだろうとうかがえる姿だった。その枕元には、百合の花がいくつも添えられている。
死体、だ。そんなものを見るのは生まれて初めてだった。怖い、という感情は心を覆い尽くしていたが、それよりも死体のどこか空虚な空気感にフルギは飲み込まれていた。
バシン、と肩を叩かれた。

「ふ、フルギさ、」

肩に乗る震える手。その温かさにはっとして、振り返る。ハヤサカが立っていた。

「この人、私の、知り合いです」

ヒメジさん…。とハヤサカが呟いたその言葉に、ホッタも一瞬驚いたように目を開いて、また伏せた。ホッタも知り合っていた女性なのだろう。

「なんで…なんで、死んでるの…」

フルギの肩を掴みながら震えるハヤサカの肩をそっと叩き、ヒメジと呼ばれた女性を見詰める。そしてふと、百合の近くに小さな名刺大のカードが置かれていることに気が付いた。

「嫉妬……?」

そこには、漢字で嫉妬と書かれていた。
手を伸ばして取ってみるが、それ以外にかわったところは特にない。死体と百合とカード、なんの意味も無いとは思えなかった。これは犯人からのなにかのメッセージなのか、それとも犯人の猟奇的な殺人方法なのか。
色んな情報があるけれど確信をつくような情報がないなかでは、なにもかも不鮮明で、先行き不透明だ。

「一体、ここはなんなんだよ……!」

思わず力をいれた手の平の中で、カードがぐしゃりと潰れた。



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