2まるで夢のように幸せだった

屋敷は異様に広かった。一部屋一部屋がまず非常に広く、その一部屋だけで小さなアパートの一室になれそうなほどだ。
その部屋を一つ一つ見ながら、人と救急箱を探しつつ移動していく。やはり一階にある窓は全て板とシリコンで塞がれてしまっていた。

「人、いないですね」

ハヤサカが少し疲れたような声でそう言った。
探し始めて30分ほど、疲れても仕方のない頃合いではあった。そもそも誘拐されてきているのだ、全員精神的にも疲弊している。
少し休みましょう、と最初に下りてきた階段に皆で腰を下ろす。
この調子では、飲み物食べ物も探し始めた方がいいのかもしれない。そもそもそんなものがこの屋敷の中にあるのだろうか、という疑念は奥に追い遣っておく。
そんなことを無闇に考えてネガティブになるのは良くない事だろう。
閉じ込められて、なのか、誘拐されて、なのか。一体どれほどの時が経っているのだろうか?携帯も財布も、服飾品以外の物は全て全員奪われていることがわかっている。
そのため日付がまったくわからず、外部との連絡手段も無かった。
どこかに固定電話が置いてある可能性も否定はできないが、窓を周到に閉じる犯人だ、そんなに迂闊ではないだろう。
ただ時間は、玄関横に大きな置時計があるため、分かっていた。今の時間、11時。
朝ごはんも食べていない、しかも自分は記憶上では晩御飯も食べていないのだから、かなりお腹がへってきていた。

「おなか、へりましたね」
「そうですね…オレ、なんか探してきます。三人は休んでていいですよ」

ぐうと鳴りかけているお腹を押さえながらホシダに話し掛けたら、曖昧に笑ったホシダがそう言って立ち上がった。
いや、今一人で動くのは危険だと止めると、こう見えてもそれなりにけんか強いんで大丈夫ですとフルギにまた笑いかけて、まだ探索していない方の玄関から向かって右側の廊下の方に入って行った。

「大丈夫かなぁ、ホシダさん」
「大丈夫よ、本人がそう言っているんだから」
「…ホッタさんはもう落ち着いたんですか?」

ぽつりと言った言葉にツン、と返してきた彼女に問うと、恥ずかしい事を思い出させられたように顔を真っ赤にして口を曲げてしまった。
眉尻をあげて、少し早口で文句を言われる。

「う、うるさいわね!仕方が無かったのよ…、てっきり犯人だと思って」

あの人の事、とため息交じりにホッタは呟いた。
そんなホッタの肩をハヤサカが横からそっと抱きしめている。正直彼女がいてくれてよかった、まさかヒステリックな女性の相手を自分が出来るとは思えないからだ。

「どうして犯人だと?」
「なんでって…私を気絶させたの、男だったし」
「え」

ホッタの言葉に、思わず絶句した。犯人は、男?ハヤサカも隣から驚いたように目を開いてホッタを見詰めている。
そんな二人の反応をみて、ホッタは不思議そうに言った。

「連れ去られるとき、腕を掴まれたけど…明らかに男の手だったから」

言いながらその場面を思いだしたのか、少し青ざめながらホッタは掴まれたのだろう右手首を左手でさすっている。彼女が言うには、女性というにはしっかりとした、骨ばった少し細めの手だったという。しかしかなり力が強く、それ以降はなにかをされたのか記憶が途切れている、と。
自分は犯人に関する記憶が一切なかったが、これはいい情報である。これで少なくとも男一人の犯人がいるということが分かった。

「……」

フルギの中には、沢山の疑念がある。
今一緒に行動している人間達も、信用できているわけではなかった。行き当たりばったりで出会った人間達だ、もしかしたら最悪自分以外の人間が犯人という可能性すらある。
ハヤサカ、ホッタ、ホシダ。いまのところ不審な挙動はないが、注意するべきだ。
ここから、生きて外に出なくてはならない。

自分はまだ、生きたいのだから。





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