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早く愛されちゃえばいい


『あれ、まだ残ってたの?』


放課後、他クラスの友達とその教室でお喋りをしていたらずいぶんと時間がたってしまった。普段は青空のもと帰るのだけど、もうすっかりオレンジに変わってしまった。教室に鞄を取りに戻ったらひとつの影を見つけて、近づくにつれてわかるシルエット。クラスメートの折原くんだ。

折原くんは綺麗な黒髪と赤い瞳が特徴的なイケメン。優しくていつもにこにこ笑ってて、だけど本当は心の中がとっても冷めてるんじゃないかとも思う。そんな彼はよく女の子に囲まれていた。と言っても、普段平和島くんと普通の枠をどーんと越えた喧嘩してるから彼の上っ面に惹かれて近付く子なんてごく一部の女の子たちだけ。たいていが「関わりたくない」と遠巻きに目の保養として時折見るくらい。

ちなみに私はそのどちらでもなく、折原くんのことを最近なんとなく気になりだしてきたタイプ。なんでだっけな、確か、そうだ私が休み時間足開いて机に座ってたらたまたま前を通った彼が「足開かないの。女の子でしょー」と言った。女の子扱いなんて滅多にされないし、私はやけにドキドキしてしまった。


「うん。ちょっとね」


何してたのか少し気になるけど、ちょっとねって言われたらそれ以上は聞けない。立ち入るな、って遠回しに拒まれてるみたいだし。私は適当に相づちを打ってから自らの机に移動し、横に掛けていた鞄を肩からさげる。

なんて言おう、ばいばい?また明日?え、なんか無駄に緊張しちゃう。


「青木さん」

『え?』

「一緒に帰らない?」

『え?……え?』


神様、いきなりなんですかこの展開。


▼▼▼


「……」

『……』


こんなこと言うのは折原くんファンからしたら失礼かもしれないけど、折原くんはバカですか?もしくはアホですか?
一緒に帰ろうって自分から誘ったんだから、少しは話題とかないわけ!?さっきから私がくだらない話を振ってるけど反応も「ふーん」とか「そうなんだ」とか、そういうタブーな反応してきやがって、2回目の話がそれで終わったときは『あ、こいつ言葉のコミュニケーションする気ねぇな』って思った。同時に、脈ナシな相手だともわかった。だってふつう、好きな子と帰ったりしたら少しでも楽しいって思われたくて頑張ったりするもん。それは今の私みたいに、会話を弾ませようとしたり。


『(この沈黙もやだ……)』


折原くんって私に嫌がらせするために帰ろうって誘ったのかもしれない。


「ねえ」

『ぎゃっ』

「え?」

『あ、ごめ、ごめん!いきなりだからビックリしちゃった』

「どんな会話も始まりはいきなりだと思うけど」

『ですよね!』


いや、そりゃいきなり話し出したってのもあるけどまさかここにきて折原くんから話しかけてくれるなんて思わなくて!それで驚いたんだよ私!変な声出ちゃったなぁ…折原くん聞いてないといいな。

心の中で小さく願いながら口元を両手で覆う。隣を歩く折原くんをちらっと見て、ああ、なんかこういうの付き合ってるっぽくていいなぁなんて思った。


「青木さんって好きな人いる?」

『……………なんで?』

「え?なんとなく?」

『……(好きな人かぁ)』


気になってはいるけど、好きとまでは言えないような気がする…。ってかまさか本人にあなたのことが気になります、なんて言えないし…


『いない、かな』

「そうなんだ、もったいないなぁ」

『(何が?)…折原くんは?』

「いるよ」

『え?』

「俺はいるんだ」

『そ、そうなんだ…』


ショック!折原くんに好きな人がいたなんて…。そういえば私自分のことばっかりで折原くんのことはちゃんと考えてなかったかも。勝手に彼女も好きな人もいないって思い込んで、あーあこんな気持ちのまま失恋かぁ。


『…なんか、意外。折原くんに好きな人がいるなんて』

「そうかな」

『全然そんなふうに見えないよ。あとこんな話をするふうにも』


口から出るのは正直適当なことばっかりで、私は確実に落ち込んでいた。よくよく考えてみれば「気になる」なんてただの予防線でしかない。好きと口にしてしまえば傷つくことがたくさん出てくる。気になると心の中で思うだけなら、傷つかなくてすむのだ。相手が誰かと付き合ったとき、友人に同情だって向けられないし。

つまり私は折原くんに対して『あっ』って思ったわけだ。何かで聞いたことがある、一目見て『あっ』って思わなかったらそれはもう恋には発展しないと。


「青木さんにだから話したんだけど」

『私にだから?私の協力できる相手なの?』

「…そうだね、ある意味君にしかできないことだ」

『私にできることなら、するよ』


でまかせの言葉に折原くんはにこりと笑う。バカでアホなのは私のほうだ、好きな人の恋を手伝う約束するなんて。好きなのに、とか今更乙女チックなことを考えてみる。


「そうだなぁ……あ、青木さん、睫毛にゴミついてる。目瞑って」


折原くんの言葉に立ち止まり、言われた通り目を瞑る。折原くんの好きな子ってどんな子なのかなぁ。

折原くんの冷たい指先がそっと頬に触れた。と思った瞬間、ふいに小さなリップ音が響いた。唇に違和感を感じたのも、言うまでもない。あまりのことに頭がついていかなくてしばらくの間制止。…だけどようやくキスされたことに気付いてばちっと目を開ける。

閑静な住宅街をバックに、彼はにこにこと笑っていた。


『なっ、おお折原く…!』

「何?」

『い、いま、今キスを…!』

「だめだった?でも今さらダメなんて言わせないよ」

『え、え』

「だって協力してくれるって言ったのは、青木さんだもんねぇ」


折原くんが意地悪く笑って、もう一度ちゅっとキスしてからご機嫌そうにスキップして歩き出す。いや、もう言いたいことだらけで、高校生男子がスキップして歩くのはさすがに気持ち悪いとか、キス2回もしたとか、ああとにかく意味が分からない。


『…(けど、ちょっとは期待してもいいの?)』


答えはいつかわかるのかな。
私の期待が悲しみに終わりませんように、と彼の背中を追いかけながらオレンジの空に願った。


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120925//早く愛されちゃえばいい

◎和泉さま
40万打記念企画に参加してくださりありがとうございます!
ちょっとベタな展開になってしまったのですが、楽しんでいただけたなら嬉しいです…!
このたびは本当にありがとうございました!


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