『聞いたよ。洛山行くんだってね』
放課後の教室にはわたしと赤司しかいない。わたしは机に向かって日誌を書き込み、赤司は前の席に横向いて座っている。季節は秋に差し掛かり、昼間は気温も上がるけどこの時間帯は夜ほどじゃないにしろ肌寒い。窓から入り込む風は冷たく、そろそろカーディガンが必要かななんて考えた。
「ああ」
赤司はこっちを見ず、同じ日直なのに手伝うこともせず端的に答えた。
なんで知ったか忘れたけど、風の噂で聞いたんだと思う。帝光中のバスケ部レギュラー陣の高校が決まったと。全中三連覇なんて偉業を成し遂げたやつらには推薦がくるに決まってる。他のみんながどこを選んだのかなんて知らないし興味もないけど、赤司は、赤司だけは。そう思ったらなんでか胸がぎゅっと痛くなった。
『…京都だっけ?』
「うん」
『遠いね』
「そうだな」
『会えなくなるね』
「会えるだろ」
『簡単には、ってことだよ』
「ああ、そうだな」
3限の授業をいくら思い出そうとしてもできなかった。ペンはそこから進まない。赤司は部活に行かなくてもいいのだろうか。いつも、天才という言葉に負けないくらい努力しているというのに。…天才、か。もしも赤司が天才じゃなかったら。もしも赤司がこんなに努力する人間じゃなかったら。そしたら赤司はどこにも行かずに、すんだのだろうか。わざわざ京都の高校に通うこともなく同じ高校生活を送れたのだろうか。
『…赤司、3限教えて』
「数学」
『ありがとう』
そんなありえないこと考えたって仕方ないか。赤司は赤司で、たとえ天才じゃなくてもきっと同じように努力をしていたと思う。こいつは、帝光中バスケ部の部長なのだ。100人を越える部員をまとめ、頂点に立ち、全中三連覇だって修めた。とてもすごい人なんだ。
わたしは日誌から彼の横顔へと視線をずらした。ふわふわと揺れる珍しい赤髪は悔しいほど綺麗で、それに負けず劣らず表情のない顔もとても美しかった。わたしはしばらくその横顔に見とれ、やがて赤司が「どうしてそんなに見るの」と言うまでずっと見ていた。ようやくこっちを向いた彼と、目が合う。
『赤司が綺麗だから』
「何それ。嬉しくない」
『そう?』
「オレよりお前の方が綺麗だ、とか言ってほしいのかな」
『そんなわけないでしょう』
「だろうね」
赤司が珍しく冗談言うもんだから、わたしはやっぱり悲しくなった。悲しいことなんてないけれど、だけど赤司と別れると思うと、あれ、わたしは赤司と離れることがつらくてこんなに胸が痛いの?つきつきともどかしい痛みを感じて、なのに次はきゅっと切なくて。赤司と離れるのが、こんなにつらいことだったなんて。
『洛山じゃないと、だめなの?』
自然と口から出た言葉にわたしはついに涙をこぼした。大粒のしずくがポタポタと日誌の粗い紙に落ちていく。泣きたくなんてないし、洛山に行ってほしくもない。なのに涙は止まらず、吐き出す言葉は彼をここに残すことばかり。
「…青木」
『赤司、うまいんだから…洛山じゃなくてもできるんじゃないの、バスケ』
「……」
『こっちにだって、強豪校はあるでしょ?わたしは知らないけど、でもあるに決まってるんだから、だから…』
嫌だ。違う。こんなことが言いたかったわけじゃない。ほんとは赤司が京都の高校に行くと聞いたとき、笑って見送ろうと思った。どうしてわたしはそんな言葉さえ言えないの。
『赤司……あかしぃ…』
涙で揺れる視界の中、赤司の手が伸びてきたことはわかった。意外と大きなそれはわたしの後頭部に回り、そのままぐっと引き寄せおでこは鎖骨にこつんと当たった。わたしは机に伏せるようになってて、だけどそんなのかまわず赤司は頭の上で言う。
「青木も洛山に来い」
『…え、』
「……とは、さすがに言えないな。京都だし、お前の親も心配するに決まってる」
『……』
「むやみやたらと言葉をこぼすのはよくないだろう、たとえオレの本音がお前にそばにいてほしいからと言って、世界はオレたちを中心に回ってるんじゃない」
赤司の言うことはいつも不思議と胸にすっと入ってきた。わたしは嗚咽をこぼしながらも、彼の言葉に頷いた。
赤司に会ってから、いろんなことを知れたよ。夢見てた恋が簡単じゃないことも、予想してたより楽しくなかったことも、何より悲しいことだらけだったことも。だけど嫌いになれなくて、好きって気持ちはいつまでたってもふくらんでく。とどまることを知らないらしい。赤司は、こんな気持ちにならなかったのかな。
「青木」
バスケ部レギュラーのみんながどの高校に行くことになったのか知らないし、わたしが知ってるのは赤司のことだけで、それは赤司以外の人に興味がなかったから。たとえ赤司が天才じゃなくたって彼を好きになった。十代そこそこの子供が背負うにしては大きすぎるものをひとりで背負いこんで、弱音を誰にも吐かず、頑張り続けた彼。赤司はわたしにたくさんのこと教えてくれたの。
「いつか、きっと会おう」
出会う確証なんてないし、絶対的な自信も、きっとないだろう。わたしたちにあるのはこの小さな口約束だけで、それでもわたしと彼さえ信じちゃえばそれは何よりも確かな約束になる気がした。
『…約束、守ってね』
「忘れるなよ」
小さな口約束を胸に、そっとキスをした。涙味になってしまったけれど、悲しみだけじゃなく未来に笑顔で再会できる日を願って。
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120924//秋風にのせたラブソング
◎叶さま
40万打記念企画に参加してくださりありがとうございます!
今回は臨也か赤司くんとのリクエストでしたので、数の少ないほうの赤司くんを書かせていただきました(*´▽`*)
いつもムフムフして読んでくださってるんですか、嬉しい(笑)
これからも叶さまにムフムフしていただけるよう頑張りますねー!
このたびは本当にありがとうございました!