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幾夜、きみが愛そうとも

「テツ君が浮気してる!?」


さっちゃんの高い声にわたしは涙を堪えながら何度も頷いた。青峰からはため息が聞こえて、どうせ呆れてるのだろう。ほんとはさっちゃんだけでよかったんだけど、今日の悩みは付き合って6年になる彼氏テツくんのことだ。中学時代バスケで息がぴったりだとか一番仲が良かった青峰は超重要人材でもある。わたしは最近の悩みを2人にぶちまけた。丸いテーブルを中心に3人で囲むように座るこのカフェは実はテツくんとの初デートの場所でもある。…って今はそんなこと考えてる場合じゃない!


『テツくんがね、絶対絶対、浮気してるの!!』


バン!と派手な音に遅れて手のひらにやってくるビリビリした痛み。こうしてわたしは泣きついた。カフェでは人々からの視線が集まり、とりあえずさっちゃんに宥めてもらったけれど思い返せば手じゃなく胸が痛くなった。


「ねえ、何かの間違いじゃないの?テツ君が浮気するなんて…」
『わたしだって間違いだと思いたいよ…でも絶対そうなの…絶対浮気してるの…!』
「桃花…だって2人とも、ラブラブだったのに」
「(…ラブラブだったのか?)」
『でももうわたしたち6年一緒にいるし、同棲だってしてるし、わたしに飽きて違う女のとこに行っちゃったのかも…』
「…桃花…」


わたしだって、あのテツくんが浮気するなんて信じたくない。夢であってくれるならなんだってする。でもこれは紛れもない現実で、彼は、テツくんは浮気したのだ、わたし以外の女と。

あ、こんなこと考えてたらまた涙がじわって…。


「ねえ、何があったの?テツ君も桃花も疑うわけじゃないけど話を聞かないとわからないよ」
『…あのね、最近テツくんの帰りがやけに遅いの。大学行って前はだいたいの時間で帰ってきたけど今は夜中とかたまにあるし、講義がない日なんかは朝から出て行ってね、しかも前まで帰るときはたまにだけどメールくれてたのに今は一通も来ないし』
「…なるほど」
『しかもしかもこないだなんかテツくんの服から香水の匂いがしたの!明らかに女物の、甘ったるい匂い!あれは絶対だよ!』


こみあげるのはほぼ確信的な浮気への怒りじゃなく、悲しさだった。6年間付き合って、引かれちゃうかもしれないからテツくんには言えないけどわたしは正直将来のことだって考えてた。


「絶対絶対って、さっきからうっせーな」
「大ちゃん…?」
『…なによ青峰』
「お前はテツの全部を知ってんのか。テツの気持ちを取りこぼしなくわかってやれんのか」
『…そ、んなの……わかんないけど…』
「だったら、お前が自分の目でアイツの浮気を見るまで絶対なんて言うんじゃねえよ」
『………』


昔からそうで、普段だらけてる青峰はここぞってとき本当にぐっとくる言葉を言ってくれた。わたしが喜んだとき一緒になって喜んでくれたのはテツくんで、落ち込んだ時そばで支えてくれたのは青峰だったかもしれない。今更ながら旧友に感謝した。

そうだ、疑うことは誰だってできる。わたしたちはお互いを信じ合えるような関係だからこそ、6年やってこれたんだろう。テツくん、わたしテツくんを信じるよ!


▼▼▼


『もうだめだ』


わたしの言葉に、ソファーでテレビを見るテツくんは気付かなかった。けれどわたしは気付いてしまったことがある。今日のテツくんの服は白がメイン。もう夜だけどお風呂にはまだ入っていないので今日一日その格好で過ごしたわけだ、彼は。しかしよーく見てみよう。テツくんの首もと、正確には襟。

…口紅のあとがある。


わたしは絶望した。だってこんなの、あんまりだ、あんまりだよテツくん。せめてもっと隠すとかさ、何かしようよ。ちょっとくらい鏡チェックしようよ。浮気はバレないようにしてよ。ねえ青峰、見ちゃったわたし。この目でしっかり、唇の形した口紅のあとを見てしまったよ。これを浮気と言わずして何という?


『…テツくん』


テツくんのことは大好きだ。中学のときから大好きで、さっちゃんと一緒だと知ったときはめちゃめちゃ泣いて、だってあんな素敵な子にわたしが適うはずないって思ってたらテツくんが告白してくれて。うれしくてうれしくて全部が無くなっちゃう気さえした。


「どうしたんですか?」


でも、終わり。
浮気した相手を許せるほどわたしは心が広くないし、相手の女に嫉妬しないほどできた人間でもない。


『…テツくん、さぁ……』


わたしはテツくんの隣に座った。真剣な雰囲気に気付いたのかテレビの電源を切る。ドキドキして吐き気までしてきた。別れよう、別れよう。その言葉を言うだけだ。


『別れ……、』


終わり?これで終わり?6年も付き合ってきて、たくさんの楽しいことだって悲しいことだってつらいことだってのりこえて、わたしはテツくんが好きなのに?

好きなのに。


『別れ…たく、ないよぉ…!』
「え、別れるんですか、ボクたち」
『別れたくないよわたしはー!でもテツくんが浮気してるから…!うう、ひくっ』


子供みたいに泣きじゃくって、わたしは全部を話した。嗚咽のせいで通じないところもたくさんあっただろうけど、それでもテツくんはまじめに聞いてくれた。ようやく話し終わったときにはテツくんの表情は呆れたそれになっていた。


「なんですか、それ」
『テツくんのさいてーな話…』
「…はぁ」


ため息をついたテツくんはそのまま寝室へ行ってしまった。本当に呆れちゃった?怒っちゃったの?だんだん不安に満ちてきた。わたしはひくひくと泣きながらもテツくんがリビングから出ていった方向を見つめる。


「桃花」


だけど意外とすぐに戻ってきた彼は、わたしの名を呼んで足元にしゃがこんだ。わたしはソファーに座ってるので必然的にテツくんを見下ろす形となる。


「ボクは桃花のことが好きです。楽しかった時も、悲しかった時も、つらかった時も、というよりどんな時も君はボクのそばにいてくれた。バスケの試合に出ることはなかったけど、君が応援してくれてるとわかったらどんなピンチも乗り越えられる気がした」
『……』
「ボクには君が必要なんです」
『…そんなの、わたしだって…』
「だから結婚してください」


え。


『えっ?』


結婚?

テツくんはわたしの左手をとり、その薬指に綺麗な指輪をはめた。頭がパニックで現実に追いつかない。


『ま、待って、指輪くれて、結婚してくださいって、それもうプロポーズ…』
「プロポーズですよ」
『……う、浮気してるのに?』
「してません」
『(あ、むって顔になった)じゃあ最近帰りが遅かったのは?』
「バイトです」
『は?』
「この指輪買うためのバイトです」
『…口紅は?』
「バイト先の先輩です。なんだか気に入られちゃって」
『……』
「あ、でも男の人ですよ」
『……お、とこ…』


何それ…なんか拍子抜け。結局ぜんぶわたしの勘違いだったの?


『よかったぁー…』
「言っとくけどボク本気ですから。まだ婚約ですが、ちゃんと結婚できるようになったらしますよ」
『…うん、うん』
「6年付き合ったからじゃない、桃花だから結婚したいんです」
『…テツくんって恥ずかしいセリフ真顔で言うよね』
「冗談は苦手なんです」


涙を拭って、薬指に光る指輪を見つめた。テツくんはにりと笑ってそんなわたしを見る。こらえきれない思いはキスで伝えようか。


「いくらバイトは内緒にしてたとはいえ浮気を疑われたのはボクもショックです。そんなふうに二度と思えないくらい、たっぷり愛してあげないといけませんね」


あれ、テツくんの笑顔が怪しくなったぞ?これはピンチ?あれ?


『…テツくんすきっ』


ま、いっか。
たっぷり愛してもーらおっと!


──────────
121004//幾夜、きみが愛そうとも

◎ヤマザキさま
このたびは40万打記念企画に参加してくださりありがとうございます!
吐くくらい甘め、になるはずが思いのほか甘くならなくて苦戦しました…!ちくしょう!
またゲロ甘に挑戦してみたいです!
楽しい黒子くんを書けてよかったです(*´ェ`*)
本当にありがとうございました!


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