スイートマジック
 

*学パロ





カサカサという音は魅力的である。何故ならすぐそばに食べ物があると認識できるからだ。

私は幼い頃、お菓子というものを食べたことがなかった。ジャンルは違うけれど、何処かに旅行に行ったこともなかった。
私の父はリストラされ、母は病気がちで家の財政は荒れに荒れていた。それが快方に向かっていったのは中学2年生の秋頃、その一年後にはごく一般の家庭と同じような家庭に戻っていた。父が寿命を削って何かよからぬことをしているのではと疑ったりもしたが、父を解雇したその会社が大企業に吸収合併されて、その吸収した方の大手企業が父の働き具合を聞いてひどく感心したらしく、もう一度働いてくれないかと言われたらしい。あの頃の父は本当に嬉しそうだったな。


初めてお菓子を口にしたのは中学3年の終わりだった。隣に引っ越してきた銀ちゃんがお近づきの印に、と飴玉をくれた。確かいちごみるく味。その時は飴玉が珍しく、もらってすぐには食べずに何日かとっておいた。その間ずっとそれを眺めて楽しんだ(変態っぽいとか言わないでほしい)。光に翳せば袋を隔てた向こう側にはピンク色の透明感があるガラス玉が見えて、それを見ているだけで心が満たされる。それほど私にとっては魅力的なものだった。

それからは夢中でお菓子を求めた。こんなにも美味しいものがこの世に存在しているなんて思わなかったからだ。飴玉以外にも美味しいものはあるのかと探し求めた。

お隣さんの坂田家に遊びに行ったときのことだった。銀ちゃんのお母さんがお茶とお菓子を出してくれたのだ。その時の私の喜びようと言ったら異常なものだったらしい。後で銀ちゃんから聞いて恥ずかしい思いをした。




とにかく、私はお菓子が、食べることが好きだ。それは高校生になった今も変わらず、毎日お菓子を貪っている。


「お前ちょっと食べ過ぎじゃね? 太るぞ」

「チャリ通だから問題ないよ。それにお菓子が私を呼んでるんだもん」

「呼ぶわけねェだろ、お前の耳は随分と都合の良いように作られてんだな」

「しょうがないでしょ、お菓子が好きなんだから」


ギャーギャーと騒ぎ始めた銀ちゃんを横目にんまい棒コーンポタージュ味を食べる。おお、美味しい! やっぱりんまい棒はコーンポタージュ味だよね。そういえば桂くんもコーンポタージュ味好きだよな。


「…お前ってほんと旨そうに食うよな」

「あげないよ」

「いらねーよ! …まあ程々にな」

「…、」

「…」


出来ない約束はしない主義なので返事は返さなかった。というか返せなかった。

日の沈む放課後の静かな教室でんまい棒片手に日誌を書くというどこにでもありそうな光景が、私にとってはかけがえのないもののように感じる。


「…私はお菓子が好き」

「知ってる」

「でもそれと同じくらい銀ちゃんも好き」

「知って…え? えっ?!」

「じゃ、日誌置いてくるから鞄お願いね」

「ちょっと待て! おまっそれ意味分かって…」


動揺する銀ちゃんを放って職員室に日誌を届けに教室を出た。口をパクパクする銀ちゃんは間抜けな顔をしていてなんだか面白かった。銀ちゃんの耳が赤かったのは夕日だけのせいじゃないと思う。…私も人のこと言えないと思うけど。




*****




校門で待っていてくれた銀ちゃんと合流してカバンを受け取ると、そのまま無言で並んで歩き出す。
私たちが考えているのは多分同じこと…そう、原因はさっきの私の発言にある。私が告白まがいなことをしたことだ。原因を作り出した本人の私が言うことではないけれど、お陰で恥ずかしくて顔を見ることが出来ない。大好きなお菓子のことを考えようとしたけれど、余計恥ずかしくなった。

…というか、私がこんなことを言わなければ、一線を越えるようなことを言わなければこうはならなかったんじゃないのか。実は銀ちゃんは迷惑に思っていて、さっき赤く見えた顔は怒りによる紅潮で、否定しようとしたけど私が逃げたから言えなかったとか。そうだとしたらどうしよう、考えるほど思考がマイナスになっていく…お願いだから何か喋って…と身勝手に思いながら銀ちゃんを見上げると目があった。小さく息を飲み込んで、目を逸らしそうになったけどそれを許してくれないような目の強さだったのでじっと見つめる。相変わらず何を考えているのか分からない。謝った方がいいのかな。
口を開こうとしたら何か口に突っ込まれた。強制的に口を閉じざるを得ない状況なので大人しく従っていると、口の中に入ってきたものが棒つきの丸い飴であることに気が付いた。それもいちごみるく味。


「…今まで散々お前のわがまま聞いてきたんだから、今度はお前が俺のわがまま聞く番だろ? そうじゃなきゃフェアじゃねェ」

「っ??」

「好き勝手言った挙げ句逃走とは、お前もなかなかやるじゃねェの。…そういうのは男から言いたいもんなの」

「へ?」


飴にくっついた棒を自分の指で握って何が? と言おうとしたけれどまた阻まれた。今度は直接口を塞がれた。


「いーから黙って聞いてなさいって。…俺だってお前に言いたいことあんだぜ…お前に先に言われちまったが、好きだ」


一瞬何を言われたのか理解できなかったけれど、唇に押し当てられた銀ちゃんのそれに、納得させられた。少し強めに押し当てられるそれは数秒で、「甘ェ」という銀ちゃんの言葉と共に離れてしまった。唇に感じた熱がすぐに消えてしまうことに対して不満げな溜め息が洩れてしまったので笑われて、恥ずかしかったので殴ろうとしたけど軽々と掴まれてしまった。なんだこれは、新手のプレイか。


「離してよぉ〜恥ずかしいよぉ〜」

「恥ずかしいってこたァ期待していいのか?」

「…意地悪」


周りに誰もいなくて良かったと思う。多分これを人が見たら「何だあのリア充爆発すれば良いのに」と非難するような視線を向けられてもおかしくないほどに甘い雰囲気だと、当事者である自分でも理解出来たから。人を不快にさせないためにも、私はあまり外でいちゃつきたくない。とは言いつつ、この状況に流されそうになっているのは事実。じゃあ何ができるか。流される前に早急に終わらせることだ。


「…私がお菓子大好きな理由って分かる?」

「そりゃおめェ、美味いからだろ」

「んん、そうなんだけど…お菓子は銀ちゃんと私を繋いでくれた大切なアイテムだからだよ」


そう、初めて会った時に銀ちゃんはいちごみるく味の飴をくれた。その日から私は何かに執着することを覚えたし、銀ちゃんにも出会えた。出会えたからには何か縁があるはずで、私はそれを大切にして行きたいと思った。最初は友達というポジションで落ち着いていたんだけれど、一緒に過ごしているうちにいつの間にか好きになってて、友達としてでは満足出来ずパートナーとして一緒にいることを望んだ。だから私は今ここにいる。

私がずっと思っていたことを話すと、銀ちゃんは片手で顔を覆って指の隙間からチラチラとこちらを伺ってくる。心なしか顔が赤いように見えるんだけど…うん、これは気のせいじゃない。断言できる。だって私も顔が火照っているんだから。


「だから…お前はっ」

「んおっ」


再び口に飴を突っ込まれて銀ちゃんに腕を引かれた。ちょっと、棒が危ない。喉に詰まったらどうするのさ、なんて文句は飲み込んだ。


「…飴がもっと美味しくなる魔法、知ってっか?」


…それはなんて甘味な響きなんだろう。出会って、初めて飴を目にした時と同じくらい鼓動が高鳴る。こくりと頷けば視界の隅っこで銀ちゃんがにやりと笑った気がしたけれどそれを確かめられなかった。するりと口から飴を取り去られてゾクリとした。
先程と同じように、お互いの唇がほんの数秒触れ合って離れた。名前を呼ぼうとしたけれどそれすらも許してもらえずにもう一度唇が重なる。今度は私の開いた口に舌が侵入してきて口内をべろりと舐められてから舌はすぐに出て行った。最後にちゅっと可愛らしい音をたてて唇が離れた。
状況にいまいちついて行けずにされるがままになっていたけれど、何があったかすべてを理解すると恥ずかしくて銀ちゃんの顔を直視出来なかった。


「ったく…男の尊厳とりやがって…仕返しだバカ。…好きだコノヤロー」


そう言って笑う銀ちゃんは満足気で、でも恥ずかしそうだった。もう一度飴を頬張ると、銀ちゃんが言ったとおり飴が甘かった。



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