どちらが、お互いに
 

バカは風邪引かない、なんて言い始めたのは何処のどいつだろうか。

そもそもここで言うバカとはどういうくくりで言っているのか。勉強が出来ないのか、勉強は出来るが少々抜けている人のことを言うのか、はたまた両方出来ない人のことを言うのか…考えても分からない。でも昔から言われているのは、ここで言うバカは風邪を引いたことにも気付かない鈍感な人のことを指し示すらしい。
…そんな人いるのかと疑問に思っていたが、目の前にいた。どうやら、答えはいつも近くにあるらしい。


「あんたが意地っ張りで繊細なのを忘れてたよ」

「ンだとコラ、俺が弱ってるからって調子にのっ…ゲホッゴホッ」

「喋らんでよろしい」


図体はデカいし態度もデカいこいつ…坂田銀時はその外見からは想像できないくらい繊細だ。もちろん体調面でもそうだが内面的なことも。

いつもいつも関わりたくないのに面倒事に巻き込まれて…たとえ突き放したとしても面倒見が良いので結局なんでもかんでも守ろうとして拾ってしまうし、困った人なのだ。だからきっとストレスとかが人一倍溜まってこうして体調に現れるんだろうね。

ため息をついて彼の額に乗せられたタオルを冷水が張った桶に浸して絞りもう一度乗せてやる。そうすれば幾分かは表情が和らぐのでこちらとしても安心できる。


でも問題はそこじゃない。どうして倒れるまで気付かないのか、それを突き止めるのが重要だ。
大多数の人は体が怠かったら体温計で熱を測るだろう。でもこいつはそんなこと全くしない。怠いと思っても気のせいだと思い込み、そのままグータラいつも通り過ごして倒れる、みたいなことをいつも繰り返している。こちらに気を遣っているつもりなのだろうが、倒れられた方がむしろ迷惑というか…まあこいつはそれもちゃんと理解してるんだろうけど。
まさか私が銀時のちょっとした変化にも気付かないと思っているのだろうか…もしそうなら心外だ。何年一緒にいると思ってんだっ…っと、危ない。汚い言葉が出てくるところだった。


「学習しなさいよ」

「…ああ」


案外素直に返事をした銀時に驚きつつも、手持ち無沙汰だったので近くにあった手頃な銀時の額をタオルの上からぺちっと叩いた(文句を言われるかと思ったけど今日は相当具合が悪いのか何も言ってこなかったししてこなかった)。
ここまで弱っていると普段憎たらしいという気持ちが引っ込んで心配になってしまう。あの銀時がここまで弱るなんて、今回の風邪は長丁場になることを覚悟しておいた方がよさそうだ。


「…何か食べたいものある? 甘いもの以外で」

「おまえ」

「食べ物じゃねーよォォォ」

「チッ」

「わりと本気で舌打ちしないの! 頭沸いた?!」

「なまえさん無駄です、銀さんは普段からこんな感じでしょ」

「そうだった…もう、お粥作ってくるから大人しく寝てて、…?」



「…そんなん新八にやらせてお前は…そばにいろ」



銀 時 が デ レ た 。


「…返事は」

「…あ、は、はひ」


貴重なデレをいただいたせいで私はフリーズした。
そんな可愛いお願い(命令)をされては断れないということで了承した(逆らうつもりもなかったけどね)。すると私が頷いたことに満足したのか、笑って「初めからお前に拒否権なんてないけどな」と風邪が私に感染するかもしれないことも、新八くんと神楽ちゃんがそばにいることも気にせずに口付け、それを見た新八くんは銀時のお粥を作りに台所へ、神楽ちゃんは定春を連れて出ていった。お散歩かな。…ここで変な気を遣ってもらう必要もなかったんだけどね。むしろ恥ずかしいんだけどね!


「ねえ風邪感染る」

「それはどうでもいい、今度は俺が治してやるからな」

「そういう問題じゃない!」

「ったく…風邪引いて弱った彼氏に優しくしてやろうとか思わないわけ? いいから黙って看病しなさい」


腕をぐっと引っ張られて布団の中へ招待され、銀時の腕に抱き込まれる。どこにそんな力が残ってるんだろうねあんた病人だよね?


「仕方ないなあ…」

「そそ、それでいーの」


病人だからって調子に乗ってんじゃねーぞクソ天パ、とは言わずにお腹の奥深くにしまいこんだ。

布団の中は軽い岩盤浴かと思うくらい暑くて体をもじもじさせてしまう。恥ずかしいからっていうのも否定できないけどそれは言わないでおこう、また調子乗るからね。
「お前冷たい…でもあったけェ」と言われれば照れてしまうのは仕方ないことだと思う。そりゃ布団の中より気温が低い常温の部屋から来たんだから冷たいでしょうよ。


「まったく仕方ないなあ、なまえ姉さんがあっためてあげましょうね」

「うっわキモッヒデブ! 急に殴るこたァねェんじゃねェのなまえ姉さんとやら…」

「お前が失礼なこと言うからだ。ほらもう黙ってなさい! 風邪菌撒き散らさないで! 本当に私に風邪感染したら髪の毛毟り取るからね」

「すいませんでした」


先程もやったようなことをもう一度繰り返す私たちはコメディードラマの1シーンみたいだと思う。とりあえずそれで会話も布団の中の争い(変な意味じゃなくて)は終わりを告げたので良しとしよう。
静かになった寝室は物音一つせずに、静かすぎて耳鳴りがするようだ。時々新八くんが台所で銀時のお粥を作る音と、私と銀時が身じろぎをして布が擦れる音が聞こえるだけ。こんなに静かな万事屋は珍しいんじゃないかな。


「…寒くない?」

「こっち向け」


質問にまったく沿っていない答え(というか答えじゃないよねこれ)を返されて納得は出来なかったけど、彼が何の意図もなくそんなことを言うなんてことは今までには無かったので大人しく銀時の方に体を向けるともっと抱き寄せられたので私の目には銀時の胸板しか映っていない。観念したように私もその逞しい胸板に額をくっつけると、銀時が後頭部を優しく撫でてくれる。その感覚が懐かしくて、嬉しくて、先程までまったく感じていなかった睡魔が突然襲って来た。


「…ぎんとき」

「ん? …なんだ眠いのか」

「ん…すき」

「ー! …お前なァ…そういうことは俺が弱ってるときじゃなくて元気なときに言えってんだ。なまえ…、」


気付けば私は病人である銀時よりも早く眠ってしまっていた。だから、その後に続いた言葉は聞き取ることが出来なかったけど、きっと彼が普段口にしないような私が嬉しがるようなことを言ってくれたんだと思う。





一方、銀時へのお粥を作り終えた新八はお盆に小さな土鍋を乗せて2人が眠る寝室へと足を運んだ。


「銀さーん、起きてますか? お粥食べられそ…」


襖を開けると、布団に大の大人が2人包まって眠っていた。その光景を見て新八は頭が痛くなるのを覚えた。溜め息も吐いてしまったが、それは決して嫌味なものではない。
2人の緩んだ寝顔を見てそっと襖を閉めて苦笑する。


「まったく…これじゃあどっちが病人なんだか分かりませんね」


2人の睡眠の邪魔をしないように、そっとその場を離れたのだった。



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