リップクリーム
寒い季節が近付いてきた。
秋、冬は寒い。そしてその季節と言えば乾燥と静電気が思いつくであろう。こやつらは本当にどうしようもない。どう足掻いたって回避出来ないのだから。ああ嫌だ。でも夏よりはマシだ、私は暑さよりも寒さに強い。夏は地獄でしかない。…まあ静電気や乾燥がない分夏の方がマシなのかもしれないが…それでも私は冬の方が好きだ。
「さーむーいー」
「それをわざわざ口にすんじゃねーよ、余計寒いじゃねェか」
万事屋では早くも炬燵を出している。ちゃんちゃんこを羽織ってみんなで炬燵に足を突っ込みながらみかんを食べているのだ。炬燵の下で足の指先が温まらないので足をよじって銀ちゃんの足にぶつける。
「誘ってんのかお前、そんなことして」
「銀ちゃんキモイアル」
「そうですよ、仮にも僕たち子どもの前でいかがわしいこと始めないでくださいよ」
「そういうのは見て見ぬ振りすんのが大人の対応ってやつだぞ新八ィ神楽ァ」
「都合いい時だけ大人扱いされても嬉しくないアル」
銀ちゃんが、主に神楽ちゃんに冷たい眼差しを受けている。可哀想だけど変な風にとらえた銀ちゃんが悪いので自業自得だ。
「寒いならここくれば? そうすりゃ俺もお前もあったまれるし今よりも大分余裕持って座れるんじゃねェの?」
そう言って顎で示したのは自分の足の間だった。
確かに魅力的だ。銀ちゃんの言っていることも尤もだ。でも、やっぱり神楽ちゃんと新八くんがいるし…
と、色々考えている私を他所に銀ちゃんは私の腕を引き寄せてそこに移動させてしまった。私は神楽ちゃんと同じスペースに収まっていたので、神楽ちゃんは広々と寛ぎ始めた。銀ちゃんは銀ちゃんで満足そうに笑って私に頬擦りをし始めるものだからこれでよかったのかな? と流されそうになる。というか流された。くそう…惚れた弱みってやつか。いつもこんなことしないのに…。
「なまえあったけェ…」
「ちょっとあんまり擦らないで。静電気で顔に髪の毛がくっつく」
「照れんな。でもお前もこれで満足だろ?」
「…ん」
素直な私に更に機嫌をよくしたのか、喉でクッと笑われた。そのまま顔が近づいてきたのでキスするのかと思ったら求めていた熱がなかなか触れないので可笑しいと思って目を見開くと当然そこには銀ちゃんのどアップがある。一瞬目を合わせたけれど、その目はすぐに下に下りていった。考えるよりも先に彼の親指が私の唇に触れた。
「…皮剥けてる」
「…」
今日はリップを塗るのを忘れていた。瑞々しさが足りていないし、皮が剥けていることが丸分かりだ。ああ恥ずかしい。
銀ちゃんの視線から逃れるついでにリップクリームを取るべく立ち上がろうとすれば彼に腰を抱えられ動けなくなった。振り向くのと同時に先程待ち望んでいた熱が唇に充てがわれてびっくりして力が抜けた。
急なことで構えてなかったので息の残りが少なくすぐにガス欠を起こした私は口を開いた。が、安易にそうしてしまったことを後悔するのも早かった。彼は私の唇をペロリと舐めた。
「っあ…?!」
「こうしてりゃいちいちリップなんてしなくても済むだろ?」
「そっそういう問題じゃなーい!!」
リップはベタベタしててキスすんの躊躇うんだよなァ、と呑気に笑っている彼に怒鳴りつけたけど効果はまったくないらしい。
…その日以降、キスの回数は多くなってスキンシップも増えたし唇も潤っているけど、むしろそれによって乾燥が促されて唇の状況が悪化したのは言うまでもない。
前へ 次へ