声を聞かせて
 

私は奴の声が好きだ。
他にも好きなところはある(言ったら絶対に調子に乗るから言ってやらない)けど、なにが一番好きかと聞かれればそう即答することができる。まあそれはあくまでも表面的なものの話でメンタルとかのことを含めれば一番になることはないのだが…。


私と奴は所謂幼馴染みというやつで、昔から気心が知れた仲というわけだ。
家が近かったからなんとなく遊んでいて、それからずっとこの腐れ縁を続けてきたのだが、ある時不意にお互いを意識するような雰囲気になって付き合った…っていうよく分からない奇妙な関係。でも誤解しないでほしいのは、ちゃんとお互いのことが好きで付き合っているということ。


「それでね、今日バイト先の店長が来て」

「うん」


電話越しに他愛もない話をする。ほぼ毎日こうしてお互いの近況を教えあうのが日課だ。

電話を介して話しているため、いつもとは聞こえ方が違うし耳にあてられた機械から奴の声が聞こえるので耳元で囁かれるような錯覚に陥る。これはいつまで経っても慣れないので心臓に悪い。
この機械の向こう側で話している奴は私が大変な思いをして話していることを知っているのだろうか…いや、聞くまでもないことだった、知っている。確実に知っている。

以前、直接耳元で囁かれたことがあった。その時私は大袈裟なくらいに体を跳ねさせて奴を煽るようなことをしてしまったのでその後散々意地悪をされたのだ。
きっと理解しているに違いない…が、普段は特に気にしていないんだろう。あーあ憎たらしい。


「…まあ、最終的には誉めてもらえたし良かったんだろうけどそれじゃあ納得出来ないっていうか…」

「お前は十分頑張ってるよ」

「ありがとう」


奴の低くて優しい声が脳天に直撃して頭がくらくらする。あーもう、こいつは本当に…。


「…好きだよ」

「は?!」


そう言わずにはいられなかった。声に出たのは予想外だったけど。
銀時は照れ隠しか何か知らないけど、急に大きな声を出して顔を赤くしたので照れ隠しだと思う。普段余裕たっぷりのこいつのこんな顔を見るのはなんだか新鮮だ。でもここで調子に乗ってはいけない。自分が優位に立っているなどと思おうものなら、落ち着きを取り戻した銀時に仕返しされるからだ。


「なに、私がそういうこと言っちゃダメなの? 失礼なやつだな」

「いやそうじゃなくて…不意打ちはなしだろ」

「それはそっちだって、…銀時?」


銀時が溜め息を吐いたらしく、機械的な溜め息が聞こえる。少し耳がいたい。それからお互い言葉も発することなく沈黙が続いた。


「…銀時?」


試しにもう一度名前を呼んでみると、返事が返ってくる代わりに後ろから私の大好きな匂いと暖かさに包まれた。
電話を切って暫くその体勢のままでいて、近付いてくるなと思ってたら、不意に唇に一瞬だけ柔らかく暖かいものが触れた。確認するまでもない、これは銀時の唇だ。鼻と鼻がくっつく距離まで離れて、見つめあってからまた唇をくっつける。今度は長く、でも触れるだけのものだ。
いつの間にか私は銀時の腕の中にいてされるがままになっている。特に抵抗する理由も余裕もないので素直に体を預ければまた銀時の体が僅かに跳ねた。本当に失礼なやつだなお前。
うっすらと目を開けて目の前にいる男を見ると、いつもより余裕が無さそうで、悩ましげに眉がしかめられている。ふんわりと、こいつがいつも飲んでいるいちご牛乳と柔軟剤と銀時自信の匂いが香ってくる。私は、安心できるのでこの匂いが大好きだ。


息がもたなくなってきたので離れろ、という意を込めて軽く胸を押せば素直に離れてくれた。ただし音つきで。
キッと睨めば「余裕そうでムカついた」と悪戯っ子のように悪い顔を向けてきた。多分私の顔は真っ赤だろうからそんな顔で睨んでも効果はないと思うけど…チクショー悔しいのはこっちだっての。


「うっさい! いっつも余裕なんてないよバカ!!」


ムキになって半ば叫ぶように言うともう一度引き寄せられて「俺はお前が思ってる以上にお前のこと愛してんぞ」と耳元で、耳元で囁かれた。大事なことなので2回言いました。

さっきまで反抗的だった私の態度が、その行為により緩和された、というかなくなったのに満足したのか笑って私を腕の中へ閉じ込めた。




「っていうか何で急に家に来るわけ? びっくりしたんだけど」

「いやお前俺に合鍵くれたよね。…好きなんだから来たっていいだろ」

「…バカ」



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