お互いしか見えてない


音駒や梟谷などといった関東勢との合同合宿は夏に行われる。真夏の関東は、とにかく暑い。気温的にも暑いし、アスファルトから返ってくる光、そこから放たれる熱はもちろんだが、ただでさえ暑いというのに体育館で動き回り、室温を上げているのだ。実際によく動き回る男子たちでなくとも、マネージャーやコーチでさえ、ただ立っているだけなのに汗を掻く始末だ。

私はこの後行われるバーベキューに向けて他学校のマネージャーたちと準備をしている。そして、室内で練習試合をする部員たちを尻目に、顎を伝う汗を拭った。室内よりは外のほうがいくらかマシに思えてくる。


「なまえちゃんジャージの上着て暑くないのー?」

「暑いですけど、前開けてますし、直射日光当たるよりはマシかなって。日焼け対策にもなりそうですし」

「倒れないようにね〜」

「はーい」


そう、私は烏野排球部の真っ黒なジャージを上に着て外にいる。

私の自慢はそこそこ肌が白いことだ。日焼け止めを塗っているのでジャージを着る必要はないと思うのだが、心理的に直射日光を浴びるよりは何かあったほうが肌が焼けにくいと思っている。ジャージは通気性重視なので素材的に紫外線カットとかついてないだろうから多分そんなことはないんだろうけど。それでもジャージの前はチャックを全開にしているし、多分大丈夫。汗でシャツが透けて下着が見えるなんて心配もないし、やはり羽織っていたほうが心理的に安心する。

せっせと準備していると、みんなが試合を終えたのかぞろぞろと外に出てきた。部員の数にマネージャーの数が比例していないので、部員の皆さんが進んで手伝ってくれる。肉や野菜を焼くのはそこまで心配しなくてもいいはずだ。他のマネもそう思ったのか、おにぎりやお茶を配り始めた。私もお盆を手に近くにいる人たちにお茶を配る。

影山にお茶を渡すと、そのままじっと見つめられた。なんだろう、と思っていると、おい、と日向に声をかけるトーンで私に声をかけてきた。


「お前、なんでこんなに暑いのにジャージ羽織ってんだ。汗すげーぞ」

「直射日光浴びたほうが暑い気がして。それと紫外線対策」

「見てるこっちが暑苦しい、脱げ」

「じゃあ見ないで」

「倒れたら迷惑かかるだろ」

「自分の体調管理くらいできるよ」

「うるせーな、いいから脱げって」


そう言って影山は近くにいた日向にお茶の入ったコップを押し付けて私のジャージを剥がすべく手をかけた。一歩後ずさるも、影山の長い手足には敵わずに捕まる。私はジャージを掴む影山の手を掴むが、力が強すぎて引き剥がすことができない。男女の力なんて歴然の差があるのだから当たり前だけど。
なんとかジャージを脱がせようとする影山は鬼気迫る勢いだ。何がなんでも脱がせたいらしい。私は私でそんな影山相手にムキになって抵抗する。
抵抗も虚しく、ジャージの左側はもうすでに袖口まで降りているのでもうほとんど脱がされているけれど。


「ちょっ、と、もうっ! いい加減にっ、」

「…君たち、何やってんの?」


私と影山の攻防戦を止めたのは、月島の一言だった。私と影山がガバリと勢いよく月島を見たせいで月島は少し驚いていた。


「だって!」「こいつが!」


私と影山の声が重なる。月島はうるさいと眉を潜めて私たちをじろりと見た。そうかと思えばいきなりあの嫌な笑みを浮かべて影山を見た。あ、これは面倒なことになるやつ。


「どうでもいいけど、王様、この絵面だと相当悪者になってるよ」

「あ゛ぁ?!」

「…側から見たら、王様が無理矢理苗字の服脱がせようとしてるように見えるってこと」


確かに事実もその通りなんだけれど、月島が嫌な笑みでこんなことを言うのだから別の意味だ。すなわち、ちょっと下ネタ的なことだ。しかも私たちが恋人であるということも加味していっているはずだから、それはもう確実だ。

それを理解した瞬間、私は顔から火が吹き出るような羞恥に見舞われた。ただでさえ汗をかいているのに恥ずかしさでまたさらに汗が噴き出てくる。顔も赤くなっている気がする。
一方の影山は、まさに月島の言った通りのことをしているので、理解できない、だからなんだと言いたげな顔をしている。が、私を見た途端にさすがに鈍い彼でも言葉の真意に気づいたのか、その体勢のまま目を見開いてカチコチに固まってしまった。私は私でこの事態をどう収集すればいいのか分からずに固まる。
月島はそんな私たちを愉快そうに見て去って行った。ただ嵐を巻き起こしに来ただけだ。

私は未だに固まる影山に何度か声をかけ続け、やっと動いたと思ったらいかつい顔を真っ赤に染め上げてズンズンと何処かへ行ってしまった。私は私でマネの先輩たちに呼ばれて手伝いがあったので、その後の彼の様子は分からない。

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