冬蝶夏草ノベル | ナノ


□4.どうして



 「いやぁ!」


 そうだ。
彼女はもっと自分の置かれている立場を理解しなければならない。





 「…ニコ!ニコぉ!!」



彼女が施設を離れる。
行き先はどうやら大使の息子の屋敷らしい。
幸せを手に入れるのだ、そこで。誰よりも幸福な人生を。



 ずっと本当の空が見たいと云っていた。
施設の空は灰色だった。
私の知っている空もまた灰色だが、まだ一部の地域では青い空が観測されているらしい。
その話をする度、彼女の眼は輝いていた。
きっと、近いうちにその息子の伝手で見られるだろう。




 「ニコはどこ…ッ?」




 あんな下賎な者は忘れろと、使者たちに彼女は戒められている。
私は彼女の見送りには好ましくないと判断され、遠くから見守っていた。
と云っても、施設の数少ない硝子窓から様子を眺めているしかないのだが。

小さな彼女が高級車に乗るのを必死に拒んでいる姿が見える。
泣いているのが此処からでもわかる。



 「…ニコぉ!」



 彼女はもっと自分の置かれている立場を理解しなければならない。
そして、私との数年間が何の為だったのか。
誰より彼女自身がわかっているはずだ。
その立場を承知のはず。



なのに、どうして。







 「…どうして」



そんなにも私の名を呼ぶのです…?

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