冬蝶夏草ノベル | ナノ


□3.愛してる



 「――は、ニコをあいしてるよ。」


 まるで陽だまりのような言葉と口調。
とっさに少女を横目で見据えたが、直ぐに作業に戻った。
カタカタというキーボードの乾いた音。
もうそんなことを口にする年齢になったのかと、自若な大人を装いつつも頬が緩む。

僅かに間を置いた。



 「そういう言葉は、あなたの一番大切な方に云ってあげなさいな。」


 厭[ア]くまで平静に。


 無色の返事に、彼女は咄嗟にむくれた表情をみせる。
やはりまだまだ小さな少女だ。
まだ手を伸ばせば届く、少女の頭上に軽く手を置く。
親鳥が子鳥を諭すように。





 「愛しています。」



 厭くまで平静に。



 「でも、少し意味が違うんです。」



 私はひとりの医師。そして彼女の臨時養育者。
彼女には引き取り手がおり、その伴侶も既に決められている。
それ以上のことは望んでいない。

否、望めるはずがない。



 「蝶去[アナタ]は、その言葉を、私には云っちゃあいけないんですよ。」



 淡々と云い聴かせる。




傷付けたかも知れない。
その距離を静寂[シジマ]が駆ける。




突如ふやと、彼女は笑った。

私もつられて笑ってみせた。


 意味を解してくれたのか。それとも、まだ彼女には難しかったか。
どちらにせよ満足させられる返事ではなかっただろう。
同情や哀れみのように聴こえたかも知れない。
だが、決して彼女に憐憫[レンビン]の情を向けたわけではないのだ。




 小さな告白。その想いを受け止めてしまったら、私は。

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