冬蝶夏草ノベル | ナノ


□5.またね



――いつの時代も「傍観」役は脆い

――真理がその使命を鈍らせる




ふと、思う。
これも彼等の言葉通りなのか。
また、傍らでひとり観ることしか許されていないのか。


三博士。
地を這うことを選んだ三匹の鴉。


彼等は今の私を嗤うだろうか…。




彼女に与えし「施し」。
鴉達が私にそうしたように。
この少女をまだ天に還しはしない。


決して救いなんかじゃないけれど。
でも、せめて。
私が手渡してしまった「林檎」をすべて忘れてしまいなさいな。


残酷な記憶も

愛し合う言葉も

空の青さも

臆病な私のことも

すべて。


そう、すべてだ。



見上げてくる空色の瞳。
少女の唇が動くが、もうそこに「言葉」はない。
誰を呼んでいるのだろうか。
少しずつ彼女は忘れていくのだ。
もうすぐ、私のことも誰だか解らなくなるだろう。
そう願ったのは、誰でもない。
紛れもなく私自身なのだから。



「蝶去[チョウコ]…」



私が付けた少女の名前。
もう蝶去の中では何の意味ももたなくなった音。


「また、ね」


相変わらずこの大人は嘘吐きだ。
だが、蝶去はいつもの笑顔をみせてくる。
これから笑うことも泣くことも忘れてしまうのに。
願わくば。
何も知らない小鳥になった少女に果てない祝福を。




どんな嘘も吐きます。

どんな罰も受けてさしあげましょう。

それが小鳥のためならば。



……



三博士よ。




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