□2.気にしなくていいよ 「大した事ではないです。」 「…でもぉ。」 ![]() 白い襯衣[シャツ]に滲んだ染みを見て、少女は涙を浮かべ、しきりにしゃくり上げる。 褐色の芳しい染み。 そして、床の無残にも粉々になってしまった白磁の陶器[カップ]。 医師見習いの頃から、事務の最中に珈琲をよく口にしていた。 好きと云う程ではないが、作業中の気休めである。 そんな私を見て、彼女なりに気を利かせたのだろうか。 驚いたことに彼女が淹れてきてくれたのだ。 そして、手渡す瞬間にこの様。 「大して熱くもなかったし。もう、泣かないで下さい。」 「ホント…?」 「気にしなくていいです。」 少女を宥めるが、すぐに会議を控えていたので、時間的にもうこの襯衣を着替える間もない。 この格好で出席するのかと思うと、正直泣きたいのは私のほうだ。 恐らく、その事の成り行きも問われるだろう。 * 案の定。 会議中にて学者共に、その染みについて尋ねられ、事の一部始終を話さなければならなくなった。 己で零したと、嘘を吐く事も出来たが、敢えて正直に話した。 彼らは、少女に熱いものを持たせるのは危険だと、口を揃えて云う。 周知である少女の気質[パアソナリティ]への懸念なのか。 身体的配慮なのか。 はたまた、少女への恐怖心からなのか。 私は只々、生返事を繰返した。 癪に障る。 * 某日、彼女にまた珈琲を淹れて貰うことにした。 個人が為すことに制限が多い施設の内側で、せめてこのくらいは自由にさせて遣りたい。 これからは、これが彼女の仕事である。 少女の淹れる珈琲は、若干薄くてやけに甘い。 [戻る] |