リヴァイ×ハンジ | ナノ

ジンクスの壁を越えて
[ 10/12 ]


Side.L

 心に留めておくはずだった言葉が口から零れ落ちたのは、完全に無意識だった。
「お前は太陽みたいな奴だな」
 笑われるかと思ったが、ハンジは驚いた顔で俺を見て、そして何かを懐かしむように目を細めた。ハンジが何故そのような顔をしたのか、その時の俺には分からなかった。
「……それは、私が騒がしいから?」
「違う。お前の笑った顔は……悪くない。周りの奴も明るくなるしな。お前はそうやって笑ってろ」
「ふふ、了解だ」

***

「ハンジはなかなか手強いだろう?」
 最初は、エルヴィンに何を言われたのか分からなかった。対人訓練のことか? 確かにハンジは、座学だけではなく実技の成績も良い。体格や腕力など男に敵わないところを頭脳で補い、大抵の男は伸してしまう。そんなことを考えているとエルヴィンが笑った。
「ハンジの優秀な頭脳は恋愛には不向きなようでね。まあ、周りが過保護過ぎるという原因もあるだろうが」
 そっちの意味か、と舌を打つ。確かにハンジは手強い。何の進展もないまま数年経ってしまっているのがその証拠だ。エルヴィンだけではなく、周囲にいる奴らの殆どが俺のハンジへの気持ちに気づいているというのに、当の本人であるハンジだけが気づかない。それほどまでにハンジは鈍い。名前も知らない奴に「がんばれ」と声をかけられたくらいだ。今の関係が壊れてしまうことを恐れて大きく動けないでいるのは確かだが、それにしたって少しくらい気づいても良いのではないか。
「ハンジは私にとってかわいい娘のような存在だ。それだけは心に留めておいてくれ」
 だったら最初からそう言え。相変わらず回りくどい奴だ。ミケには「焦れて妙な気は起こすなよ」とさり気なく釘を刺されたし、ナナバとリーネからも「ハンジを泣かせたら殺す」と牽制された。お前達はあれか? ハンジを守護する四天王的な何かか。

 隣に座っているハンジの汚れた口元をハンカチで拭いてやると「ありがとう。リヴァイ」と言ってハンジは、へにゃりと笑った。正面の席に座ってハンジが食事をする姿を眺めるのも良いのだろうが、俺たちはいつも並んで食事をする。こうやってハンジの世話を焼くのは楽しいし、いつもハンジから俺の隣に座って来るのだ。ならばそれを拒む理由はない。寧ろ喜ばしいことだ。
「初恋は実らないってジンクス、一体誰が言い出したんだろうね」
「んー? ナナバ、急にどうしたのさ」
 ハンジの正面の席に座っているナナバが話はじめたことによりハンジの視線が俺からナナバに移る。クソ、邪魔するんじゃねぇよ。
「別に? ただの雑談だよ」
 地下街出身の俺は、ジンクスというものに馴染みがない。実際、ナナバが言う「初恋は実らない」という話も今はじめて知った。ナナバは雑談だと言ったが、俺はナナバの意思を正確に読み取った。「初恋は実らない。だから諦めろ」つまりはそういうことだろう。
「そのジンクスってちゃんと統計を取った結果なのかな?」
「さぁね」
「はじめて恋をして、これからがんばろうとしている人にさ「その恋は実らないよ」ってどうしてそんな出鼻を挫くようなこと言うんだろう。もっと優しい言葉をかけてあげればいいのにね」
 厳しい言葉より優しさを、とは流石は俺のハンジだ。
「何事も最初から上手くいくと思うなよっていう先人の教えとか?」
 ナナバが視線だけで「ハンジはお前のフォローをしたわけじゃない。調子に乗るな」と伝えて来る。
「そういえばハンジの初恋の話って聞いたことなかったよね」
「当たり前だよ。だって恋なんてしたことないもの」
「え? じゃあアイツは? 私の記憶力が確かなら、ハンジの最初の恋人ってアレックスだよね?」
「あ、あれは、なんていうか……。もういいでしょ? この話は終わり!」
 アレックスって誰だ! ハンジに恋人がいたんなんて初耳だぞ! お前たちがいて何でそんな状況になってるんだ。しかも“最初の”ってことは他にもいたのか? しっかり務めを果たせ四天王!
「リヴァイは聞きたいみたいだけど?」
 俺の無言の訴えに気づいたナナバがそう言った。
「……なんにもおもしろいことなんてないよ」
「なら私が代わりに話してあげよう」
「ナ、ナナバっ!」
 やだやだ! と駄々を捏ねる子供のように騒ぐハンジを無視してナナバは話をつづける。
「アレックスは面倒見の良い先輩でさ、よくハンジの世話を焼いていたよ。ハンジは告白を断ったんだけど、どうしても諦められないからって毎日口説きに来て、追い払うのが大変だった。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい熱烈なアピールだったよねぇ。君は僕の太陽だ! とかさ」
「ギャーッ! やめてぇぇ!」
 あまりの恥ずかしさにハンジは顔を真っ赤にして撃沈した。
「……太陽」
 あの時、分からなかったハンジの表情のわけを知った。きっとあの時、俺の言葉にそのアレックスという男の姿を重ねていたのだ。ハンジは恋をしたことがないと言うからそういう意味ではないのかもしれない。だがそれは、今でもハンジの心の中にそいつがいるという何よりの証拠だ。
「リヴァイ、顔色が悪いみたいだけど……大丈夫?」
 目に見えて消沈する俺のことをハンジは具合が悪いのだと勘違いしたらしい。俺の具合を心配したハンジは、暫くちょこちょこと俺の後を付いて回った。それだけでどん底まで落ち込んでいた気分が急浮上するのだから自分でも単純なものだと思う。

***

「好きです!」
 壁外調査を目前に控えた頃、偶然そんな場面に出くわした。いつだったか、前にもハンジと歩いている時にそういう場面に出くわしたことがある。その時もやはり、次の壁外調査が迫っている時だった。
「壁外に出たら無事に生きて帰れる保障はないからね。少しでも悔いを残さないようにって、壁外調査の前にはこういうことが増えるんだよ」
 そうハンジは言っていた。面倒だが引き返すか、と踵を返そうとした俺の足は、その次に聞こえてきた男の声に止められることとなる。
「ハンジさん! 俺と付き合ってください!」
 告白されている相手はハンジだった。ハンジは何と返すのだろうか? 緊張で手に汗が滲む。
「……気持ちはうれしいけど、君のことを仲間以上には見れない」
 そんなことを思ってはいけないと分かっていたが、ハンジの返事にホッとした。
 あんな場面を見たからだろうか。
「お前のことが好きだ」
「え……?」
「……は?」
 心の中で呟いたはずの言葉に返事が返って来た。その言葉が本当に心の中で呟かれたものだったのかどうかは、困惑した表情のハンジを見れば一目瞭然だ。
「えっと、今のは……空耳、かな?」
 一度口から出た言葉は二度と戻らない。だったらこのまま言ってしまえ! ここが昼時の食堂だろうと構うものか!
 ……腹を括ったつもりだった。
「た、例えばの話だ」
 だが、俺の口から出た言葉は覚悟を決めたとは言い難いものだった。
「……例えばの……話?」
 困惑気味の表情のまま、ハンジがオウム返しで聞いて来る。
 何故逃げた! このヘタレが!
 そんな周囲の奴らの心の声が聞こえた気がしたが、いや待て早まるな。ここで終わる俺じゃねぇ。今日の俺は一味違う! ……はずだ。
「前に初恋がどうのって話をしてただろ? それでそんなことをふと思った。……もしも、俺がお前を好きだと言ったら……お前は……俺の恋人に、なるか?」
 有得ないと笑われるだろうか? それともこの前の兵士に言ったように「仲間以上には見れない」と言われるのだろうか?
「……少し、考える時間をくれないかな?」
「あ?」
「例え冗談でも、適当には答えたくないから」
 俺が頷くと、ハンジは踵を返して走って行ってしまった。その瞬間に少しだけ見えたハンジの赤く染まった頬。これは、どう捉えるべきなんだ? そんな顔されたら期待しちまうじゃねぇか。

 ハンジは何事も引きずらない性格だ。喧嘩をしても次の日にはケロリとしている。だから、今回もそうなるだろうと思っていた。
「おい、ハン……」
 間抜けな告白劇を演じた翌日。声をかけようとしたら、ぴゃっ! とよく分からない悲鳴を上げてハンジは隣にいたミケの後ろに隠れた。ミケは、固まる俺と隠れるハンジを交互に見てため息を吐く。この様子だと、昨日の話はミケの元にも届いているのだろう。
 昼食の時間。いつもなら俺の姿を見つけるとすぐに犬のように駆け寄って来るのに、今日はナナバとリーネの間で食事をしていた。じっと見つめてみるが、ハンジがこちらを見ることはなかった。惚れた女に意識されて、もちろん悪い気はしないが、このままハンジとの距離が離れていってしまうのではないかという不安も同時に募る。

 そして、あれから三日が過ぎた。ハンジは相変わらず余所余所しい態度のままだ。ハンジが足りない。たった三日だろうと言われるかもしれないが、足りないものは足りない。いつも以上に味気なく感じるスープを事務的な動きで口に運んでいると、バタバタと騒がし足音。ハンジのものだ。俺には分かる。
「リヴァイ!」
 久しぶりに名前を呼ばれた気がする。ハンジは呼吸を整えるためにか、一つ深呼吸をしてから俺を見据えた。ハンジの頬が、心なしか赤く染まっているように見えるのは、俺の都合の良い脳が見せる幻影か?
「私も、好き……!」
「…………ん?」
 急過ぎて話が見えない。ハンジは何が好きだと言ったんだ?
「……何がだ?」
「あなたのことが」
 ガチャン。スプーンが手から滑り落ちた。
 ガヤガヤと騒がしかったはずの食堂は、俺達の行く末を見守るためだろう、いつの間にかシーンと静まり返っていた。
「リヴァイの例えばの話について、私なりに考えてみたんだ」
 ……そういえばそんな話もしたな。衝撃的過ぎてすっかり忘れていた。
「リヴァイに例えばの話をされた日の夜にね、あなたと恋人になる夢を見たんだ。それで、あなたを見るとその夢のことを思い出してしまって恥ずかしくて、あなたを避けてしまっていたんだけど……気を悪くした、かな……?」
「……いや」
「そっか、よかった。それでね……恋愛小説を参考にした恋人同士のふれあいをあなたとしたらどうなるか想像してみた。他の人と比較してみたりもしたけど、あなたが一番しっくり来るということが分かった。それにね、あの……、夢であった出来事が本当になったらいいな……とも思ったんだ」
 だからね、と言って、ハンジが深呼吸をした。
「あなたに好きだと言われたら、私も好きだと答える……と、思う」
 ハンジは恥ずかしそうに一度目を伏せると、もう一度俺に視線を戻した。
「以上が、ハンジ・ゾエによる恋愛についての考察結果の全てであります!」
 ハンジはドン、と心臓に拳をあてた。敬礼をする必要はあったか? まあ、照れ隠しなのは分かっていたが。相変わらず可愛い奴だ。言いたいことを全て言い切って逃げるようにその場を去ろうとするハンジの腕を掴んで、ハンジに習うように、ゆっくり深呼吸をした。
「お前が、好きだ」
「……? それは前に聞いたよ。例えばの話でしょ?」
「違う」
 掴んでいた腕を引くと、思惑通りバランスを崩したハンジが倒れ込んで来る。
「例えばっていうのは嘘だ」
「へ?」
「ずっと前から思っていたことだ。あんな風に伝えるはずじゃなかったんだがな。つい口を滑らして本音を……。なのに土壇場でお前の答えを聞くのが怖くなって誤魔化しちまった。自分でも情けねぇと思う」
 顎に手をかけて至近距離で見つめると、ハンジは顔を真っ赤にして焦ったような声を出した。
「え、な、なに……っ?」
「お前は俺が好きだと言ったら自分も好きだと答えるんだよな?」
「う、ん。そう、だね。改めて言われると恥ずかしいんだけど……」
「なら、俺が、恋人になってくれと言ったら、お前はどう答える?」
 ハンジは驚いたような顔をして、そして……。
「……なる、って答えるよ」
 破顔した。
 ふに、と指で唇に触れる。柔らかい。ずっと望んでいたその場所に、漸く触れることが出来る。そのための権利を俺は手に入れたんだ。もう一秒だって待てない。ハンジの唇に、自分のそれを押し付けた。
 はじめて触れたハンジの唇の想像以上の柔らかさに夢中になり、ここが食堂であったということを完全に失念していたが、それはまあ、今更だろう。

Side.H

 昔の夢を見た。
 ―君は太陽みたいだね。
 ―それは私が騒がしいから?
 ―あはは! 違うよ。君の笑顔はみんなを明るくする。それは君の才能だ。みんなのためにも僕のためにも、ハンジにはいつも笑顔でいて欲しい。
 優しい人だと思う。アレックスのことは好きだけど、ナナバやリーネ、エルヴィンにミケ、みんな好きだ。恋って何? みんなのことを好きな気持ちと何が違うの? 答えは今も見つけられないまま。
 ―お前は太陽みたいな奴だな。
 リヴァイに言われてアレックスに言われたことを思い出した。だからこんな夢を見たのかもしれない。見た目も性格も正反対なのに同じことをいうのがおかしかった。リヴァイはアレックスとは違って自分の気持ちを言葉で表すのが下手だ。言葉が足りなくて誤解されてしまうこともあるけど、本当はとても優しい、不器用な人。

 ―例えば俺がお前を好きだと言ったら、お前は俺の恋人になるか?
 リヴァイはなんで急にあんなことを言い出したんだろう。深い意味はないのかもしれないけど、なんだかリヴァイらしくない。
「……恋人。恋、異性を愛し慕うこと、その状態」
 ベッドに寝転んで考えているうちに眠ってしまった。眠る前にリヴァイの言ったことについて考えていたからだろう。夢にリヴァイが出て来た。夢の中の私達は恋人同士らしく、リヴァイが何かを囁いて顔を近づけて来た。私もゆっくりと目を閉じて、二人の唇がそっと、重なって……。
「……っ!」
 そこで、目が覚めた。まだ唇の感触が残っているような気がして、今もドキドキと心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。心臓が壊れてしまうのではないかと心配した。
 そんな夢を見てしまったから、恥ずかしくてリヴァイの顔がまともに見れない。いつもはリヴァイの隣に座るけど、今日はナナバとリーネに挟まれて食事をした。その時にリヴァイの視線を感じたけど気づかないふりをした。朝も声をかけられた時にミケの後ろに隠れてしまったし、こんな風にあからさまな態度を取る私に気を悪くしたかな? 嫌われたらやだな。でも、リヴァイを見るとドキドキしてしまって、どうしていいのか分からなくなる。いつもはどうやって話していたっけ。それすらも分からなくなってしまった。本当に私はどうしてしまったんだろう。

 これは早急に手を打つべき問題だ!

 そう思って、本棚にあった恋愛小説を引っ張り出してみた。身分の差や横恋慕、様々な障害を乗り越えた末に二人は結ばれる。ありがちな展開ではあるけど、私は最終的に二人が幸せになれたのならそれでいいと思う。優しく髪を撫でる男の手に女は幸せを感じて微笑む。見つめ合う二人の瞳にはお互いの姿だけが映っていて……。
「髪を撫でる、か。そういえばリヴァイも食事の時とかよくやってるよなぁ。潔癖症なのにそういうふれあいは好きなのかな? あ、でもエルヴィンたちもよく頭を撫でてくれるし、リヴァイだけではないか……」
 もっと恋人らしいふれあい、仕草。手を繋ぐ。キスをする。抱き合う。
 ……リヴァイと?
「うにゃあぁっ!」
 恥ずかしい! 想像しただけでも相当なダメージがある。まあ、キスをする夢は見てしまったけど……って、ああ、だめだ! 思い出してはいけない!
「そうだ。リヴァイ以外の人と比べてみればいいんだ! 偏った結果になるのを避けるためにも、他と比べるのは大事だよね!」
 口に出してみてから、なんだか言い訳をしているみたいだと思った。一体、誰にだ。
 同じ光景を、今度はエルヴィンで想像してみる。
「……う〜ん。なんだろう、うまくいかないや。まあ、エルヴィンは父のような存在だしね。しかたない」
 よし、じゃあ、次はミケだ!
「……う、ん。ミケはお兄ちゃんとかそんな感じだし?」
 もうっ、誰ならいいんだよ! と自分で自分に怒ってみた。
 ああ、そうだ、アレックスがいるじゃないか! リヴァイと似たことを言っていたし、何か通ずるものがあるかもしれない。アレックスとの思い出を振り返ってみればいい。あの時はどういう気持ちだったかな。
 ―また徹夜で読書をしてたのかい? ちゃんと眠らないと駄目だよ。
 ―街で焼き菓子を買ったんだ。少ししかないから、みんなには秘密だよ?
 ―ハンジ好きだ! 結婚しよう!
「……あ、れ? なんだろう、何かが、違う……」
 ドキドキ、しない?
 一緒にいて楽しかった。ホッと落ち着かせてくれるような、安心感があった。真っ直ぐな愛の言葉に恥ずかしくなったりもしたけど、リヴァイの時とは何かが違う気がした。
 その後も先輩、同期、後輩。思いつく限りのいろいろな人で試してみたけど、結果は同じだった。一応、ナナバやリーネでも試してみたけど、やっぱりリヴァイの時とは違った。
「つまり、恋人同士のするようなふれあいをした時に心拍数が上がる相手は、リヴァイだけという可能性が非常に高い」
 そこから導き出される結果は――――。

ジンクスの壁を越えて

20150215


[] []
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -