リヴァイ×ハンジ | ナノ
幸せのブルー・サファイア
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ゆらゆらと、眠気を誘うように一定のリズムで赤ん坊を抱いた腕を揺らしていると欠伸がひとつ、その小さな口から零れた。赤ん坊は、自分の親指をちゅぱちゅぱと吸いながら、瞼をゆっくり開いたり閉じたりしている。あと少しだな、と思いながら熟れた林檎のように赤い頬をゆっくりと指でなぞる。まるでそれが合図となったように、とろんとした目は完全に閉じてしまった。漸く眠りについた赤ん坊を起こさないように気をつけながら、揺りかごに寝かせて、ブランケットをかける。母親似の少しだけ癖のある、そして自分と同じ黒色の髪を優しく撫でる。赤ん坊の寝顔を眺めるリヴァイは、元の彼を知る者が見たら驚いてしまうくらいの穏やかな表情をしていた。赤ん坊が生まれてから数ヶ月しか経っていないのに、今のリヴァイはもうしっかりと父親の顔をしている。
「……リヴァ、イ」
「ハンジ、起きたのか?」
「ごめん、ねぼうしちゃった」
くしくしと、まだ眠そうに目を擦りながらハンジがベッドから起き上がる。
「まだ起きなくても良い。昨日もあまり寝てないだろ。寝れるうちに寝とけ」
「そういう、わけには、いかないよ」
たどたどしい口調で話しながら、駄々っ子のように首を横に振るハンジの肩を押して、もうベッドに戻すと、「うにゃあ」という声を上げてハンジの身体はベッドに転がった。最近は赤ん坊の夜泣きが酷くて、ハンジは毎日、数時間おきに起きては母乳をやったり、赤ん坊をあやしたりしていた。ハンジは巨人研究で何日も徹夜をしていたのだから平気だと言っていたが、慣れない子育てはいつも以上に疲労を蓄積させ、神経を磨り減らす。リヴァイを起こさないように気を遣い、隣の部屋でソファーに座って赤ん坊をあやしている内に、そのままうとうとしてしまう事も間々あった。
「良いから、寝てろ」
「でも……」
ベッドに寝かせたハンジの頬を、赤ん坊にしていたのと同じようにゆっくりとなぞる。早く起きて家事をしなくてはいけないという使命感からハンジは、睡魔に抵抗するように、瞼が落ちそうになる度にふるふると首を振ったが、リヴァイが頬を撫でつづけると、ついには瞳を閉じて夢の世界の住人と化した。
「赤ん坊と同じだな」
リヴァイは、くすりと笑って愛する妻の頬に優しい口付けを落とした。
***
「おはよう、旦那様」
ハンジが洗濯物を畳んでいるリヴァイの背中に抱きついた。
「よく眠れたか?」
「おかげさまで」
洗濯物を置いて振り返ると、にっこりと笑うハンジの頬を撫でる。もう少し眠っていても良かったのではないかとリヴァイは思ったが、確かに顔色は良くなっているようだった。
「さあ、急いで準備しなくちゃ」
「下ごしらえはやっておいた」
え、とハンジが声を上げる。今日の昼食にはエレン達を招待していた。
「うぅ、何もかもやらせちゃったんだね。……ごめん」
「俺が好きでやった事だ。謝らなくて良い」
「で、でも!」
「ふむ、そこまで言うなら、褒美を貰おうか」
「……?」
ぐい、とハンジの細い腰を引き寄せて、唇を重ね合わせる。舌を差し入れてくちゅくちゅと絡ませると、ハンジの身体から力が抜けていき、唇の端から甘い声と吐息が零れた。
「夫婦は支え合うものだろう」
「うん。ありがとう」
ハンジが蕩けたような顔でリヴァイを見上げる。その表情に我慢出来なくなったリヴァイは欲望に従い、もう一度その唇を塞いだ。
***
約束の時間より少し早く到着した三人をハンジは笑顔で出迎えた。ハンジが食事が用意されているテーブルに三人を誘うと、エレンはそわそわした様子でテーブルに皿を並べているリヴァイの様子を窺っていた。リヴァイがそれに気づき頷くとエレンは、ぱっと笑顔になって、リボンで巻いた三冊の本をハンジに差し出した。
「これは俺達三人からです! ハンジさん、お誕生日おめでとうございます!」
「……本はアルミンに選んでもらったので、間違いはないと、思います」
「気に入ってもらえると良いんですけど」
「ふふ、ありがとう。アルミンとは本の趣味が合うから安心だよ」
それともう一つ、と言って大きな箱を渡された。
「同期の奴らとお金を出し合って買ったんです」
箱を開けると、黄色の可愛らしいベビー服のセットが入っていた。ベビー服は着られる期間が少ない割りには値が張るものだ。欲しい物が多いであろう年頃の少年少女たちがそれらを我慢して買ってくれたのだろうと思うと何だか申し訳なくも思えたが、その気持ちは素直にうれしいと思う。
「ありがとう。きっとこの子も気に入るよ。明後日みんなに会いに行く時に着せていくよ。ね、リヴァイ」
「あぁ、そうだな」
「楽しみにしてますね」
「ハンジ、これは俺からだ」
そう言ってリヴァイからは長細いビロード生地の箱を手渡された。中身は予想通りのネックレスで、銀色のハートの真ん中にハンジの誕生石のサファイアが輝いていた。空や海を連想させる青い色は、そのどちらにも憧れていたハンジにピッタリだと思う。サファイアは学問と知恵を象徴とする守護石で、その石が意味する言葉も『誠実』『慈愛』『徳望』と、ハンジを体現しているようなものばかりだ。リヴァイはハンジの後ろに回り、ネックレスを付けてやる。ハンジがお礼を言おうとリヴァイの方に振り返ると、リヴァイは三人がいるのにも構わずにハンジに口付けた。流石に舌を入れる事はしなかったが、途端にハンジとエレン、アルミンの顔が真っ赤に染まる。ミカサが「そういう事は二人きりの時にお願いします」とため息交じりの声で呟いたが、リヴァイは「三人が見てるのに」と言って照れ隠しに赤い頬を膨らませるハンジを悪びれる様子もなく後ろから抱きしめている。
「サファイアは恋人や夫婦間の愛情をより誠実な愛に育むことができるとか、硬度が高い事から永遠の愛を築く石、なんて言われていますよね」
(永遠の、愛……)
みんなの笑顔に囲まれながら、ハンジは幸せを噛み締める。
幸せのブルー・サファイア
(この幸せはきっと、天国にいるみんなにも届いているだろう)
20140905
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