リヴァイ×ハンジ | ナノ

L・モンタージュ
[ 9/12 ]


『ハンジ誕生日企画』は『そらいろのツバサ』と『ドクロ★アナグラム』連動の本編とリヴァイ視点の2話構成となっております。
本編の『恋のマニュアル』は『そらいろのツバサ』にて掲載中


 地下街のゴロツキ。
 それは、地上の人間達から奇異の目で見られ、蔑まれるのには十分過ぎる理由だった。他人にどう見られても構わない。いや、興味がないと言うべきか。清潔な寝床と最低限の食事さえ手に入るなら、他はどうだってよかった。
 だから、まさかこんな奴に会うことになるとは、夢にも思わなかった。
「私はハンジ・ゾエ。エルヴィンから君達の教育係を任された者だ」
 はじめて向けられた屈託のない笑顔は、暗いじめじめした場所で育った俺を戸惑わせるのには十分過ぎるほどで……。
(眩しい。はじめて地上に出た時よりも、ずっと……)
「君はいずれ兵団になくてはならない存在になるよ。その時、私も君を支えられるような人間になれていたらいいと思う」
 向けられる感情も、言葉も、何もかもが新鮮で、惹かれずにはいられなかった。
 字は読めたが書けなかった俺にハンジは、アルファベットや簡単な単語が記された紙を手渡した。一番上に書かれていたのは、俺の名前。そして、一番下にはサインとしてハンジの名前が記されていた。俺は迷わず、ハンジの名前を最初に選んで書き写した。あの時手渡された紙を今も大切に取ってあると知ったら、ハンジはどう思うだろうか。


★★★


「またハンジを見ているのか?」
 そう言ってミケは、スンと鼻を鳴らしなした。その隣に座っているエルヴィンも何か言いたげな顔でこちらを見ている。笑いを必死で堪えているような顔が気に入らないが、無視を決め込み紅茶を啜る。するとミケが再び口を開いた。
「そういえば、昨日ハンジが同期の男に告白されているのを見た」
 紅茶が気管に入り咳き込んだ。カップにもヒビが入ったが、それを気にも留めずに二人の会話はつづく。
「相手は、なかなかの色男だったぞ」
「ハンジは変わり者ではあるが、天真爛漫な性格で面倒見も良いからな。そういうことも少なくない」
「……どこの、どいつだ」
「おや、気になるのか?」
 エルヴィンが面白そうな顔をして聞いて来る。
「気に、なる、から、教えろ!」


★★★


 地上では、告白や恋人過ごす時間にはムードというものが大切らしい。
「告白やプロポーズは、凝ったものよりもシンプルなものが好まれるようだな」
「ムードとやらはどうした。本当にそれで良いのか?」
「相手はハンジだからな。あまり遠まわしな言い方をしては伝わらない可能性がある」
 このために購入した手帳にエルヴィンの言葉を書き記す。
「良い酒でも用意してやれば良いんじゃないか? お前達はよく二人で飲んでいるだろ?」
 ミケの言葉にエルヴィンも頷く。
 自然な形で部屋に呼び、二人きりの空間を作る。そして手を握り、相手の目を見て、想いを伝える。
 女は記念日にこだわる、と書き記した所で、その日の講義は終了した。

 それからもエルヴィンとミケによる講義はつづいた。
 急に告白しても失敗する恐れがあるからだ。まずは、ハンジの気持ちを俺に向かせる必要がある。
 最初は、頭を撫でてみた。
「……?」
 ハンジが不思議そうに俺を見つめてきた。クソかわいいな、オイ! 構わずに撫でつづけていると、ハンジは気持ち良さそうに目を細め、俺の手に頭を擦りつけるようにした。ゴロゴロと喉を鳴らして甘える猫のような仕草に、俺が心中悶えてしまったのは仕方の無いことだと思う。
 次は、隣で並んで話をしている時に、ハンジの手に触れてみた。手の甲をスーっと優しくなぞると、ハンジは『くすぐったいよ』と言って可愛らしく笑った。
 資料に目を通しているハンジの髪を耳にかけてやったり、頬を撫でてみたりと、徐々に恋人同士のような距離を作っていく。
 そんなことを根気良くつづけていくうちに、ハンジに変化が表れはじめた。
「あのさ、近く、ない……?」
「何がだ?」
「……距離」
「いつもこのくらいだろ?」
「それは、そう……だけど、でも……」
 俺はハンジの両側に手をついて、ハンジの身体を囲っていた。そわそわと落ち着かない様子で頬を掻くハンジの顔は、心なしか赤いように見える。
 ハンジの反応に手応えを感じる。これはいけるんじゃないだろうか!
「今まで色恋に全く関心のなかったハンジをそこまで変えるとはな」
「ああ、リヴァイの努力の賜物だ」
 俺の話を聞いた二人が、関心深げに呟いた。『妹や娘のように思っていたハンジが誰かのものになると思うと淋しい気持ちもするな』と話す二人を他所に、俺は手帳を読み返しながら、告白するタイミングを考えていた。
(女は記念日にこだわる、か)
 ハンジも気にするだろうか? それは分からないが、やはり何か記念日と呼ぶに相応しい日を選びたい。
「ハンジの誕生日にするか? ――いや、それは普通過ぎるな。何かもう一捻り……」


★★★

 
 そして俺は、その日を迎えたのだ。ハンジの誕生日の二週間前。二人きりの空間を作る口実として用意した赤ワイン。
「ふわぁ! おいしいね!」
「ああ、悪くない」
 ワインは美味い。だが、緊張を和らげてくれたのは一瞬だった。こんなに緊張したことが今まであっただろうか? いや、ない。はじめて壁外に出た時でも、ここまで緊張しなかった。
「ハンジ……」
 その声はみっともないくらい震えていた。
「――好きだ」
 やっとの思いで言葉にした俺の想いにハンジは、笑顔でこたえてくれた。
「私も、リヴァイのことが好きだ!」


★★★


 告白が上手くいったことを報告すると、エルヴィンは言った。
「ここからが肝心だぞ。女心は秋の空と言うからな」
「どういう意味だ?」
「変りやすい秋の空と似て、女も心変わりをしやすいということだ」
「飽きっぽいとかけているのかもな」
「まあ、ハンジに限ってそれはないと思うが、相手を飽きさせない努力は必要だろうな」
 想いが成就したと思ったらまた新たな問題が生まれるとは、恋愛とはこうも複雑なものだったのか。
「今夜、部屋に行ってもいい?」
 俺だってハンジとイチャイチャしたい。だが俺は、ハンジの誘いを泣く泣く断った。知らないうちにハンジを傷つけてしまったり、怒らせるようなことをして嫌われては元も子もない。だが、エルヴィン達の講義をしっかりと受けて、地上での常識を身につけたその暁には、その時こそは、ハンジと思う存分イチャついてやる!


★★★


 ハンジと付き合いはじめてから9日経ったある日、俺は胸ポケットに入れていた手帳がないのに気づいた。そう、あのエルヴィン達の講義の内容を書き記した、いわば『恋のマニュアル』的なあの手帳をだ! 名前を書いていないから手帳の持ち主が俺であるとバレる可能性は低いかもしれないが、あれを誰かに読まれたらと思うとゾッとする。早急に見つけなければ!
「探し物はこれかな? 兵士長殿」
 来た道を辿りながら手帳を探す俺に、ハンジがそう言って声をかけて来た。ハンジの手にあるのは紛れもなく俺が血眼になって探していた手帳。大勢いる兵士の中でまさかハンジが手帳を拾うとは。もうこれは運命としか言いようが……いや、今はそんなとこを考えている場合ではない。手帳の持ち主が俺だと知っているということは、中身を確認したということだ。自惚れではないが、ハンジが俺の字を見間違えるはずがない。
「何でお前がそれを持っているのかって?」
 衝撃で声が出せない俺の心情を察して言うハンジに頷いて見せると『廊下で拾ったんだ』とハンジは少し申し訳なさそうに言った。そして、ハンジを部屋に連れて行き、どのページを見たのかを問うと、ハンジは言い難そうに『初デートの心得Dと……初夜の過ごし方@』だと答えた。ああ、よりにもよってそこか! 一番見られたらマズイページだったのではないかと思う。
「えっと、もしかして、だけど……最近ずっと約束があるって言ってたのって、これに関係があることだったり、する……?」
 やはり頭の良いハンジには気づかれてしまったか、と俺は観念して全てを話すことにした。
 全てを話し終えた俺をハンジは、ぽかんとした表情で見つめていた。言葉を失っているのかもしれない。気持ち悪いと思われただろうか。別れを切り出されたら俺はどうしたら良いんだ、と怯える俺にハンジは、俺がしたいと思ったことをすればいいと言ってくれた。俺がしたことが“普通”でなかったとしてもハンジはそれを失敗だとは思わないと言う。
「私は失敗だなんて思わないよ。自分で言うのも何だけど、私は“普通”にはおさまらない人間だからね」
 それに、と言ってハンジが俺の首に腕を回して、耳元に唇を寄せた。
「私は、あなたなりの、あなただけの愛し方で愛して欲しいんだ」
 ハンジは、俺にはもったいないくらいの良い女だ。他の野郎に譲るつもりは毛頭ないがな!


★★★


 ハンジと付き合いはじめてから二週間が経った。そう、この日は、ハンジの誕生日だ。日付が変わってから明け方までハンジと愛し合い、朝はハンジの身体の具合を考えてのんびりと過ごした。昼からは街に出かけて、ハンジが見たいと言っていた芝居を観たり、買い物をした。
 そして、外で夕食を済ませてから部屋に戻って来たのだ。俺が、どうしてあの日を告白する日に選んだのか分かるか、と問うとハンジは『良いワインが手に入ったからでしょ?』と答えた。予想通りの答えに、俺は笑った。あれは二人きりの空間を作るためのカモフラージュだ。ワイン自体は、その三日前には既に用意していた。
「え……? じゃあ、どうして?」
 きょとんとした顔で俺を見つめるハンジを抱き上げて、ベッドに運ぶ。
 ――さあ、ネタバラシをしようか。

L・モンタージュ

20150905


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