6:わんまんりぞーと
「どう思う?」
穏やかに揺れる海面を見つめながら、ナミさんは声を震わせた。
「どう思うって……」
「どう思えばいいんだよ……」
おれ達が見つめる先にあるのは小さな島に立つ1軒の平家だ。洗濯物が干されていたりヤシの木の下にデッキチェアが置かれていたりと、なんとも豊かな生活感が漂う。
「おれはてっきりクジラにのみこまれたつもりでいたが、こりゃあ夢か……!?」
「……ああ。たぶん夢だ……」
──そう、おれ達は
まったく、来て早々にとんでもねェことが起こりやがる。それだけここが予測できない海だと言えばそうなのだろうが、今回に関しちゃどう考えてもルフィが悪ィ。
はじめは幸いにもこの船に気付いていなかったのだからそのまま避けて逃げればよかったっつーのに、わざわざ大砲をぶちかましたり大きな瞳を殴りつけたりしたのだ。
ハア、と小さく息を吐いたところでふと眉を潜めるナマエちゃんに目がいった。出会った時からずっと顔色が悪いとは思っていたが、それまでよりも飛び抜けて青白いし、なんだか気分が悪そうだ。
「ナマエちゃん、随分顔色が悪ィけど大丈夫?体調とか良くねェんじゃ……」
「へ……?あ……サンジさん、すみません、食べられたのかと思って……ちょっと目眩起こしちゃったみたいです」
「謝るこたねェが……具合悪ィなら無理しねェ方がいいよ」
「ありがとうございます……ちょっと座って休んでます」
力なさげにそう言ってすぐそばの階段に腰掛けた。
それにしても食べられたと思って気分が悪くなったっつーのはなんとも不思議な感じだ。驚いて血の気が引けちまったということだろうか。
するとふと、船に大きな影がかかった。何かと思い顔を上げると、そこには巨大なイカがいたのだ。
「大王イカだ!!」
叫びながら背を向けて逃げ出したナミさんやウソップを尻目に咄嗟に攻撃態勢を取ったが、それよりも早く、複数のモリがイカに突き刺された。
「人は居るみてェだな」
「
生気を失った大王イカがモリに付いたロープごと島の方へ海面を引き摺られていく。島のすぐそばまで辿り着いたところで、家の中から誰かが現れた。
「誰か出てきた……!花だ!」
「花!?」
シルエットからそう感じたのだが、よく見れば花弁のような髪型をしたじいさんだった。
「違う!人か」
「何だあいつ……」
「あんなじいさんが大王イカを一撃で!」
「……ただの漁かおれ達を助けてくれたのか」
皆ゴクリと息を飲んだ。大王イカを島の上に引き摺り上げながらこちらを睨むように見つめるじいさんとの間に、なにやらただならぬ空気が立ち込める…………かと思いきや、じいさんは何事もなかったかのようにデッキチェアに腰掛けて新聞を開き読み始めた。
「なんか言えよてめェ!!」
思わず声を荒げたおれに、じいさんは再び黙ってこちらを見つめた。やはりどことなく醸し出される尋常でない雰囲気に、ウソップが声を震わせた。
「や……戦るなら戦るぞコノ野郎!こっちには大砲があるんだ!」
「…………やめておけ……死人が出るぞ」
「……! ……へェ、誰が死ぬって?」
「私だ」
「お前かよ!!」
チクショウ、また声を荒げちまった。じいさんのペースに乗せられっぱなしでひどく腹が立つ。「まァそう熱くなるな」とゾロがおれを制止し、今度は口を開いた。
「おい、じいさん。教えてくれ、あんたは一体誰で、ここはどこだ」
「……人に質問する時はまず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのか?」
「ああ……まァそりゃそうだ、悪かった」
「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。歳は71歳、双子座のAB型だ」
「あいつ斬っていいか!!」
「まァ落ち着け」
やはりゾロも声を荒げたので今度はおれが宥めてやった。相対すると癪に障るが、側から見てりゃおもしろいもんだ。
じいさんは訝しげに眉を潜めてため息を吐いた。
「ここがどこかだと?お前ら、よくも私のワンマンリゾートに入りこんでそんなデカい口がたたけるもんだな。ここがネズミの腹の中に見えるか!?」
「……や……やっぱりクジラに食われたんだ」
「どうなんの私達……!消化されるなんていやだ」
目に見えて狼狽えるナミさんやウソップを見て、じいさんは船を通り越した先の水平線を指差した。
「出口ならあそこだ」
なんとそこには大きな鉄の扉があるときた。
「出られんのかよっ!!」
「なんでクジラの腹に出口が……。それに……何で空に扉が!?」
「いや……待て、よく見ろ。この空……雲も……こりゃ絵だ……!クジラの胃袋に絵が描いてあるんだ!」
一体なぜ、そう思いじいさんに目をやると、奴は新聞に目を通しながらおれ達が質問をするより早く答えを出した。
「遊び心だ」
「てめェ一体何やってんだよここで!」
「いいさ、関わるな。出口があるんだ、さっさと出よう」
ゾロの提案に皆が頷き扉へ向けて船を転回させようと準備し始めた時、突然ドンと轟音が鳴り響き波が大きく荒れた。
「何だ!?」
「! ナマエちゃん……!」
はっと階段を振り向き見た。気分が悪いからと言って休んでるっつーのに、こんなに揺れちゃ治まるもんも治まらねェだろう。案の定彼女は階段の端を両手で握りながら、きゅっと目を瞑って縮こまって揺れに耐えていた。
「ナマエちゃん、気分良くねェんだろ?こんなに揺れちゃしんどいよな。きっとすぐおさまっからな」
そっと隣に腰掛ければ、首筋にすげェ汗をかいていることに気がついた。冷や汗だ……かわいそうに。少しでもマシになればと思ってその小さい背中を摩ってやれば、不意にナマエちゃんが僅かに顔を上げてこちらを見やった。
「すみません……ありがとうございます。揺れは結構平気なんですけど、まだ気分が良くなくて」
「そんなの気にすんなって。ゆっくり休んでたらきっとすぐ良くなるから」
な、と頭を撫でてやれば、ナマエちゃんはこくりと小さく頷いた。
彼女の顔色の悪さや非力さは、おそらく栄養が充分に取れていないことが原因なのだと思う。小舟で漂流していたのだ、きっと何日も食べない日が続いたのかもしれない。
ローグタウンに行ってからまだ何も食べていないはずだし、そろそろ腹も減る頃だろう。
ここを出たら、なんかうまいもんでも作ってあげよう。