4:みちびきのひ

「それにしても大きい町だなあ……」

 立ち並ぶ店々をぐるりと一望して、雑踏の中で独りごちた。方向感覚は悪い方ではないけれど、こんなふうに賑やかでは危うく迷子になってしまいそうだ。
 先ほど町の人に尋ねた道を辿りながら武器屋を目指し歩く。創業200年の老舗らしいけれど、弓と矢の取り扱いはあるだろうか。
 船と一緒に海に流されてしまった自前の武器のことを思い起こす。愛用の武器とのお別れは寂しいけれど、長年の使用で随分古びていたし、新調するには良い機会かもしれない。

 ふと、少し先に"ARMS SHOP"と書かれた看板が見えた。教えてもらった場所もこのあたりのはずだし、きっとあのお店だろう。
 入ろうと思ったところで、見覚えのある人物が店から姿を現した。緑の髪の……ずっと寝てた、ちょっと怖い感じのひとだ。
 じっと見ていたわたしに気がついたらしい、目がばっちり合ってしまった。

「ど……どうも」
「あァ、お前か……。こんなところでどうした?ここ武器屋だぞ」
「えっと、買うんです。護身用に」
「フン……下手に武器に頼るよりまずはその骨と皮だけみてェな身体を鍛えた方がいいんじゃねェのか?」

 怪訝そうな瞳でそれだけ告げると、その人はさっさとどこかへ去っていってしまった。
 な、なんなんだあの人、人を見た目で判断して。こう見えて弓道は幼い頃から習っていたのだ。ある程度の腕前には自信がある。
 それでもたしかに彼の強そうな筋肉とわたしを比べたら、ひょろっちくて弱そうに見えるのかもしれない。またそのうち昔みたいに筋トレでも再開しようかな、なんて考えた。

 店内に入り、たくさん並んだ武器の中から弓と矢を探そうとぐるりと全体を見渡す。刀やナイフなんかの刃物が多いけれど、店の隅っこの方にきちんと弓矢のコーナーが作られていることに気がついた。

「あっ、あった」

 きちんと手入れされた上物が揃えられていることは一目でわかった。さすが老舗だ。
 ちらとカウンターに目をやると、松みたいな特徴的な髪型をした気難しそうな男の人が1人座っている。おそらくあの人がここの店主なのだろう。

「あの、すみません。手に取って見ても大丈夫ですか?」

 その人はわたしを見るや否や、わたしが武器を扱わないような子供だと思ったんだろう、明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「んん?あァ……構わんがお嬢ちゃん、そんなヤワな身体で弓が打てるのか?……つーか、もはや病的だな。ちゃんと食ってるのかい?」

 店主さんの最後の言葉にグサリと胸を刺されたような心地がする。
 さっきも緑頭の人に骨と皮だけとか言われたし、わたしってそんなに痩せているように見えるんだろうか。自分ではいまいちそうは思えないのだけれど。

「……弓は昔からずっとやってたので、きっと大丈夫です」
「ほォ……そうか。にしてもお前さんには軽い方がいいだろう」

 そう言って慣れた手つきで(当たり前だけど)弓を選別して、数ある中から比較的軽めの物をいくつか候補として出してくれた。一見無愛想だけど武器への想いの強さが行動から窺える。適当に近くを歩いていた人に声をかけただけだったけれど、いいお店を紹介してもらったな、なんて嬉しく思った。

「……わっ。この弓、わたしの手にフィットするみたいですごく持ちやすいです」
「おう、そいつか。そいつはとびきりって程じゃねェがある程度上物だぞ。お嬢ちゃん、金は持ってんのか?」
「大丈夫です。これください」

 もう帰れないつもりで家を出たから、あるだけ全部持ってきたのだ。決して多くはないけれど、問題はない。
 わたしは店主に指定された金額を支払って、そのまま店を出た。

「いい買い物したな」

 背負った弓の重みに自然と頬を持ち上げた。
 さて、これからどうしようか。
 服を買うのにまたナミさんと合流できればいいけれど、この広い町と人混みでは難しそうだ。そのへんのお店で適当に見繕って船に戻ろうか。
 そう考えて少し歩き出したくらいで、大荷物を抱えた2人組がバタバタと駆けてくるのを見つけた。

「あっ……ナミさん!と、えっと……」

 ……鼻の長いひとだ。
 2人ともひどく慌てた様子で、どうしたのかと声をかけようとしたところ向こうもこちらに気づいたらしく、「あ!いた!」と指を差された。

「ナマエ、急いで船に戻るわよ!」
「へ……?!ど、どうしたんですか?」
「嵐が来るんだってよォ!おそらくそのうちルフィ達が海軍を連れて逃げてくる……!おれ達は出港の準備をしとかなきゃならねェ」
「か、海軍?!一体どうして……」
「話はあと!とにかく港に急ぐわよ!」

 焦った様子で眉根を寄せるナミさんにぐいと腕を引かれ、わたしも2人に並ぶよう足を動かした。
 それにしても海軍に追われてくるだなんて、ルフィさんや他の人たちは一体何をしたのだろうか。わたしを船に乗せてくれるくらい親切だけど、結局は海賊なわけだし。強盗とかかな。でもあんまりイメージと合わない。あ、武器屋で会った人なら怖いめなのでちょっと想像できるかもしれない。

「あっ」

 ふと、鼻の頭にポツリと水が当たった。先ほどまであんなにも晴れていたというのに、どうやら雨が降ってきたらしい。
 雨は見る見るうちに激しさを増していって、港に着く頃にはすっかり豪雨に変わっていた。

「こりゃヒデェ嵐だな、急いで船へ……」
「待って!誰かいる!」

 ナミさんの制止の声にぴたと足を止める。壁の影からそっと船の様子を窺うと、なんとそこにいたのは不審なウサ耳の男とライオンだった。

「よく聞こえないけど……何か叫んでますね」
「しょうがないわね……。よし、行くのよウソップ!!」
「おれかよ?!」

 明らかに怖がっている鼻のひと(ウソップさんというらしい)の背中をドンと押して、ナミさんは力強くサムズアップしてみせた。強い女性だ。
 ウソップさんは嫌そうに眉間の皺を深くしていたけれどとうとう観念したらしく、深呼吸をしてから大きく一歩前へ出た。

「貴様ら!!船から離れろ!!」

 力一杯叫んだウソップさんの背中はかっこいいはずなのに、脚が震えまくっているせいか、なんとも情けなかった。

「ぬっ!?何奴っ!!」

 ウサ耳の男が勢いよく振り返ったのを見て、ウソップさんは足を踏ん張って構える様子を見せた。しかし男は勢いのあまり足を滑らせてしまい、船の竜骨に頭をぶつけ、そのまま気絶してしまった。

「!! み……見ろ!やっつけたぞ!!」
「まだ!ライオンが!!」

 というか今のはウソップさんがやっつけたのとはちょっと違うんじゃないだろうか。そんな言葉が喉元まで出かかったが、野暮なので胸の内に秘めておく。
 ナミさんの声にウソップさんは小さなパチンコを取り出し、技名を叫ぶとともにライオン目掛けて撃ち放ってみせた。

「……あっ!」

 "新鮮卵星"はその名の通り生卵を遠く飛ばしたけれど、吹き荒れる風に流れ、目的から離れた地面へ不時着してしまった。これではライオンを船から遠ざけられない。そう思った矢先、落ちたのが食べ物だと気付いたらしい、ライオンは地面を舐めるのにすっかり夢中になったのだ。

「今だ船へ!」

 ウソップさんが得意げに手招きする。この状況が偶然の産物であるのは明らかだけれど、道が開けたのも事実だ。呆れるように顔を顰めるナミさんと共にウソップさんの後を追い、わたし達は無事船に乗り込むことができた。




「そういえば、ナマエが買いたいって言ってたものって弓だったのね」

 出航の準備が整い、あとはルフィさん達が来るのを待つだけになったところで、ふとナミさんに声をかけられた。2人の視線がわたしの背負ったそれに集まる。

「はい。わたし、幼い頃から弓道をしていたので、護身用に持つようにしてるんです」
「へ〜弓道か。なんかあんましイメージできねェな」
「ていうかアンタ、その様子じゃ結局着るもの買ってないわね」
「あ……!」

 言われてハッと気がついた。武器屋を出たところでこの2人と会ったから、服を買う暇がなかったんだった。

「…………ま、まあ、服くらい一着でもなんとかなりますよ。偉大なる航路グランドラインに入ったらすぐ船を降りるわけですし……」
「ずぶ濡れになってるその服でこれから過ごすつもり?」
「そ、それは……」

 髪から滴れた水滴が輪郭をなぞるように伝った。大雨の中出航準備をしていたから、当然全身が水浸しだ。着替えのことなんて正直なにも考えていなかった。食事を摂れていないからだろうか、いまいち頭が働かないのだ。
 するとわたしの様子を見たナミさんが呆れたみたいにハアと小さく息を吐いた。

「いいわよ、貸してあげる」
「えっでも……」
「迷惑じゃないかとか思ってる?平気よ、私はたくさん買えたし。それにそもそもアンタの荷物に気づかずに船流れさせちゃったの私達だもの」
「わ……あ、ありがとうございます。すみません」
「…………ねえ、アンタって……」
「おわっ?!やべェ!!」

 突然のウソップさんの大声に思わずびくりと肩を揺らした。かなり慌てた様子で港と船を繋ぐロープに手を伸ばしたので何かと思えば、なんとこの嵐のせいで細く千切れそうになっていたのだ。ウソップさんの支えによってなんとか耐えてはいるものの、おそらく時間の問題だろう。
 ルフィさん達はまだだろうか。そう思って町の方を目を凝らして見てみると、小さな人影が3人こちらへ向かってきているのがわかった。

「来た!!たぶんルフィさん達です!」
「ルフィ!急げ急げ!ロープが持たねェ!」

 船上はこんなにも切羽詰まっているというのに、ルフィさんは呑気にも「すげー雨だ」なんて呟いた。
 おそらく海軍を引き連れてくると聞いていたが、彼らの後ろを見る限りその心配はなさそうである。

「ぐず!早く乗って!船出すわよ!」

 するとナミさんの声にルフィさんは文字通り、隣を走る2人の身体に巻きつけたあと、もう片方の腕で船を掴んで飛び込んできた。

「…………え?!」
「3人とも乗ったァ!ロープ離すぞ!」
「出航!!」

 ウソップさんが手を離した瞬間に千切れたロープは港の地面を叩き、荒れる波に乗って船は進み出した。わいわいと騒ぐ皆をよそに、わたしはルフィさんを見つめたまま開いた口が塞がらなかった。

「う、腕が……?!」
「ん?ああ、そういやお前知らないんだっけか」

 そう言ってルフィさんは自身の口の端に指を引っ掛けたかと思いきや、そのままぐいと両手を外側に引っ張り、頬を伸ばしてみせたのだ。それはもう、ありえないほどに。

「おれはゴムゴムの実を食べたゴム人間なんだ!」
「ゴムゴムの実……って、もしかしてあの"悪魔の実"シリーズの……?」

 その存在は聞いたことがあったけれど、まさか本当に実在するとは。食べるだけで身体中がゴムのように伸びるだなんて不思議でならない。
 ちょっとだけ触らせてもらえないだろうか、なんて思った次の瞬間、ぐらりと船体が大きく揺れた。

「わっ!」
「うっひゃーっ船がひっくり返りそうだ!」

 知らない間に島からは随分と離れていて、嵐も激しさを増していた。波がかなり高いなと海を見つめていると、遠くに白い光が見えた。

「あの光を見て」
「灯台の光か」
「"導きの灯"。あの光の先に"偉大なる航路グランドライン"の入り口がある」

 ナミさんの話を聞きに皆が船首の方へ集まったのを確認して、ナミさんは少し挑発するみたいに「どうする?」と皆に問うた。

「しかしお前何もこんな嵐の中を……なァ!」
「よっしゃ、偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやろうか!」

 震え上がるウソップさんをよそに、サンジさんと言っただろうか、わたしにポタージュをくれた彼がどこからか樽を持ってきて皆の中心に置いた。そして返事も特に待たず、コト、と長い脚を樽の上に乗せる。

「おれはオールブルーを見つけるために」
「おれは海賊王!」

 続けてルフィさんも樽に足を乗せ、皆次々それに続いた。

「おれァ大剣豪に」
「私は世界地図を描くため!」
「お……お……おれは勇敢なる海の戦士になるためだ!!」
「ほらナマエ、アンタも!一緒に偉大なる航路グランドライン行くんだから」
「えっ?あ……っ!」

 ナミさんに促され、慌ててわたしも足を上げた。

「わたしは……。わたしは、両親の仇を追うために……!」

 わたしの抱負を聞いて皆が足を浮かせ、そして一斉に振り下ろした。

「いくぞ!!"偉大なる航路グランドライン"!!」

 ガコン。大きな音を鳴らして、皆の足元に割れた樽が散らばった。

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