3:えれがんと

「うぇ……っ」

 先ほど口にしたポタージュをすべて吐き出し、水を流した。口内に残る不快な違和感を消し去ろうと洗面台で口を濯ぐ。キリキリと痛む胃に眉を潜め、ハアと大きく息を吐いた。

 わたしは物を食べられない。

 とはいえ、ずっとこうだったわけではない。昔は母の作ったオムライスが大好物だったし、父とはよく釣りに行って夕食のための魚を持ち帰ったものだ。
 わたしがこうなってしまったのは全て、数日前のあの事件が原因である。買い物から帰ると食人鬼が両親を──再び吐きそうなので割愛する。
 その食人鬼を追うべく偉大なる航路グランドラインを目指して海へ出たわたしだったが、どうやら"食"が完全にトラウマになってしまったようで、それら一切を口にすることが叶わないのだ。
 おかげで倒れてしまったところを親切にも海賊さんが助けてくれて……いただいたポタージュはなんとか飲み込めたと思ったけれど、やはり吐き出してしまった。
 さらにありがたいことに偉大なる航路グランドラインまで船に乗ることを許してもらえたので、これ以上食材を無駄にしないためにもなるべく早いうちにわたしの分は必要ないとうまいこと伝えなければならない。食べなければ再び倒れてしまう気もするが、貴重な食料をわたしで無駄にされるわけにはいかないのだ。






**




「ウーッ!!でっけー町だー」
「ここから海賊時代は始まったのか」

 港から少し歩いた先、ローグタウンの入り口の門から覗くのは賑やかに並ぶ店々とたくさんの人だ。わたしの故郷は小さな島の田舎な町だったから、こんなふうに大きな町を訪れるのは生まれて初めてで、なんとなく胸が躍る。

「よし!!おれは死刑台を見てくる!!」
「ここはいい食材が手に入りそうだ」
「おれは装備集めに行くか」
「おれも買いてェモンがある」
「貸すわよ、利子3倍ね」

 真っ先に歩き始めたルフィさんを筆頭に、他のクルーもばらばらと自身の目的に向かって町へ繰り出した。
 さて、わたしも行こうかな、と思ったところでふと、ねえ、と声を掛けられた。橙のきれいな髪をした彼女だ。

「ナマエ……って言ったっけ。あんた、今着てるそれしかないでしょ?私も服が欲しいの。一緒に行きましょ」
「へっ?あ、服……」

 本当は護身用の武器を見に行こうと思ったのだけれど、たしかに衣服は必要だ。

「そうですね、行きましょう。えっと……」
「ああ、言ってなかったかしら。私 ナミ。よろしくね」
「ナミさん。よろしくお願いします」

 まあ、服選びなんてそんなに時間はかからないだろうし、武器探しはその後でいいかもしれない。





 ……なんて、思ったのが間違いだった。

「どお?」
「おおっ!!お似合いでお客様っ!!」
「どお?」
「ほーっエレガントで!!お客様っ!!」

 このやりとりも一体何回目だろう。
 次から次へと試着を繰り返すナミさんに絶えず称賛の言葉を送り続けるのはハンガーのような頭をしたスタッフさんだ。
 それを横目に陳列された洋服をいくつか手に取ってみるけれど、どれも日常生活で着るにはかなり派手めだ。ナミさんが真っ先に入ったこのお店だけれど、どう考えても普段使いするための洋服屋さんじゃない。それとも都会の美人は日々こんな服ばかり着るのだろうか。実際、ナミさんはとても似合っているわけだし。
 しかしわたしがこんな服を着られるわけもなく、どれもきちんと掛け直してラックに戻した。

 わたしは自分の身なりについて淡白な方だと自負しているし、「服選びなんてすぐ済む」だなんて、わたし基準で考えたのがいけなかったのだ。
 こうしている間にもナミさんは次々と試着を続け、スタッフさんも続々と賛辞を述べる。まだまだ終わる気配は見当たらない。
 わたしはナミさんが着替えるためにスタッフさんが一瞬離れた隙を見て、カーテン越しに声を掛けた。

「あの、ナミさん」
「ん?なに?」
「わたしちょっと他に見たいお店があるので、そっち行きますね」
「そうなの?あ、お金持ってる?なかったら貸すわよ、利子3倍で」
「多少なら持ってるので、大丈夫です」

 服や武器は船と一緒に流れていってしまったが、お金だけはポケットに入れたままにしていたのが不幸中の幸いだった。とはいえ少額だけれど、それらを買うには充分だ。

「それじゃあ、またあとで」

 ナミさんに一言そう告げて、わたしは再び町へ繰り出した。

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