2:おねがい
雲が流れる青空の下、ゴーイング・メリー号は透き通る海を進む。
嬉しそうに大口を開けて笑うルフィは、手に持った手配書を掲げるように私たちに見せびらかした。
「なっはっはっは!!おれ達はお尋ね者になったぞ!3千万ベリーだってよ!」
そう。先日のアーロンの一件か、はたまたそれ以前の件か、原因は定かではないが、ついにルフィに懸賞金が掛けられてしまったのだ。それも
海賊とはいえとうとう平穏な航海が不可能になった事実に、思わず肩を落としたくもなる。
「あんたら、またみごとに事の深刻さがわかってないのね。これは命を狙われるってことなのよ!?この額ならきっと"本部"も動くし、強い賞金稼ぎにも狙われるし……」
「みろっ!世界中におれの姿が!モテモテかも」
「後頭部じゃねェかよ、自慢になるか」
「イジケんなよ!もっと大物になりゃ船長じゃなくても載るんだぜ」
本人だけでなく、後ろ姿がちらっと写り込んだウソップやサンジくんまではしゃいでいるのだから世話がない。どうして男ってこうも危険なことに目がないのかしら。
「……これは
「はりきって
「うおーっ!!」
「おい、なんか島が見えるぞ?」
騒ぐ3人をよそに、いつのまにか昼寝から目を覚ましていたらしいゾロが2時の方向を指差しながらそう声をかけた。
私も水平線に浮かぶその島に目をやり、「見えたか」と口の中で小さく呟く。この船は
「あの島が見えたってことは、いよいよ
「海賊王が死んだ町……!」
つい先程までの無邪気な表情とは打って変わって真剣そうに眉を潜めるルフィにクスリと笑みが溢れる。楽しい時は笑って、好きな話題になると真面目に聞いて、こんな少年が故郷の呪縛を解いてくれるくらい滅茶苦茶に強いのだからおかしな話だ。
「……行く?」
「おう!!」
「…………んん……」
ルフィの元気な返事のあと、不意に聞き慣れないソプラノが耳に届いたものだからはっとそちらを振り返った。いけない、手配書に夢中で女の子を拾ったのをすっかり忘れてしまっていた。随分と騒がしくしたものだから、どうやら起こしてしまったらしい。
薄く目を開けた彼女はそのまま瞳だけで周囲をゆっくりと見渡した。寝て起きても顔色は青白いままで、良くなったようには見えない。
「起こしちゃってごめんなさいね。あなた、ボートで倒れてたのよ。顔色が悪いみたいだけど大丈夫?」
「あ……すみません、ご迷惑おかけして。ここは……?」
「おれ達の船の上だぞ」
ルフィにそう言われ、女の子は眩しそうに目を細めながら空を仰ぎ見る。帆の上で風にはためく髑髏を見たのだ。
「海賊……」
自分が海賊船に乗せられていると知ればてっきり騒ぎ立てるものかと思ったが、彼女は驚くどころか表情すらほとんど変えないまま控えめに呟いた。不思議な子だ。一体何者なのだろうか。
「おれ達海賊なんだ!おれはルフィ。お前は?」
「ナマエです……あの、わたしの乗っていた船は」
「もうどっか流れてったぞ。お前あんなぼろっちい船でよくここまで来たなー!」
「あ、心配しないでね。ちゃんと近くの島まで送り届けてあげるから。ちょうどもうすぐ大きい町のある島に着くし……ローグタウンって知ってる?」
「えっ……ローグタウンって……もしかしてこの船、
「そうだけど……」
「あの、わたしも
「はっ?!」
警戒してか一歩引いたところで話を聞いていたウソップと声が揃う。一度顔を見合わせ、ウソップはそのまま話を続けた。
「なんだっておめェ、1人で
「……人を追ってるんです。
そう言ってナマエはぎゅっと眼を瞑り頭を下げる。
こんなふうに頼まれると協力してあげたくもなるけれど、長く船に乗せるには彼女に関する情報が足りなすぎる。
幸いローグタウンは
「おーいいぞ」
「ルフィ!!」
断りを入れようと思ったところでさらっと二つ返事をされるものだから、やはり私とウソップの2人がすぐに突っ掛かった。
「あんたねェもう少し考えてから行動しなさいよ!」
「そうだぜルフィ、なんかあってからじゃ遅ェんだぞ!」
「別にいーじゃねェか。どうせついでだし」
ついでだけど……!喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込む。
ルフィは一度決めたら止まらない。いくら抵抗したところでこれ以上はもうどうしようもないだろう。
ハア、とまた一つため息を吐いて、不安そうにこちらを見るナマエにくるりと向き直った。
「……その代わりちゃんと教えて。追ってるのは誰?どうしてその人を追ってるの?」
船に乗せてあげる以上、そのくらいのことは聞く権利があるはずだ。
私の問いにナマエはしばらく歯切れが悪そうにしながら何か考え込んでいたが、途中でおずおずと口を開いた。
「その……名前はわからないんですけど、
「そいつはツラい思いをしたんだな……」
「サンジくん」
「どうぞ、マドモアゼル」
ナマエが目を覚ました頃から姿が見えないと思っていたが、どうやら彼女のために何か用意してきたらしい。湯気の立つマグカップを手渡して、いつもみたいに紳士的にニコリと微笑んだ。
「その様子じゃ、随分食ってねェんだろ?胃に優しいようポタージュにしてみたんだ」
「あ……ありがとうございます」
中身を覗き込んだ彼女がほんの一瞬だけ眉を潜めたような気がしたけれど、「ナミさんもよかったら」と言ってサンジくんが私のマグを渡してくれて話は流れてしまった。
「どうかな」
「……おいしい、です」
そうは言いつつもなんだか難しそうに微笑うナマエは、先ほどよりも顔色が優れないように見えた。