25:ておくれ

 ふと、聞こえてくる喧騒に違和感を覚えた。

 わたしが想像していたのは、無慈悲に放たれる銃声に、剣が空や身を斬る音。それに丸腰で抵抗しようのないゾロさんの呻き声……だったのだけど。
 刃物のよく斬れる音も銃声もたしかに聞こえはするけれど、実際耳に届く声はいくつもあって、そしてその中にゾロさんのものはないような。

「……? え?!」

 恐る恐る瞼を開いてみれば、思わず声を上げずにはいられなかった。
 武器も何も持っていなかったはずのゾロさんは相手の剣を一つ奪ったようで、それを片手にワポルの家来達を次々と薙ぎ倒していっていたのだ。

「すごい……」

 小さくそう呟いても、わたしを拘束する男はその身を震わせるだけで、咎められることはなかった。
 素手で相手の剣を奪うこともさることながら、普段は刀を使っている彼がおそらく使い慣れていないであろう片手剣で敵を伸してしまっているのだから言葉が出ない。ゾロさんが強いことはこれまでの出来事からわかっているつもりだったけれど、まさかこれほどとは。

 ゾロさんはそのまま進撃を続け、しかし残る敵が僅か1人だけになったところでふとその動きをぴたりと止めた。
 最後の1人が、ここにいるはずがないわたしのことを拘束しているところを見つけたのだから当然だ。
 彼は少し驚いたように、そして怪訝そうに眉根を寄せてみせた。

「あ? なんだお前、なんでこんなとこいんだよ」
「あっ、その……」
「き、貴様……! これ以上暴れるようであればこの女を……!!」
「痛ッ……!」

 とうとう自分の番が回ってきたからか目に見えて焦り出す男に、ギリ、と腕を捻り上げられ、思わず声が漏れる。
 ……最悪だ。わたしが今この場にいなければゾロさんは先程までの勢いのまま全員を倒すことができただろうに、わたしがいたばっかりに、彼の足を引っ張ってしまうことになった。
 どうすればできるだけ彼の邪魔にならずにいられるだろうか──俯きそう考えたところで、頭のすぐ後ろでぐあ、と呻くような声がした。

「へ、」
「うるせェなァ……」

 はっと顔を上げればゾロさんは使っていた片手剣を付近に投げ捨てたところで、同時にわたしの腕の拘束も解かれた。

「なんだ……終わりか。はり合いのねェ奴らだ……!」

 足元でどさりと音が鳴る。男が倒れたのだ。
 わたしが頭を下げた一瞬で、わたし越しに?
 あまりの凄さに驚いてしばらく声が出せなかったけれど、すぐに慌ててお礼を伝えた。

「あ、あの、ありがとうございます……ゾロさん」
「ん? あァ。それよりお前はなんでこんなところに……んで何なんだこの騒ぎは一体」

 それは、と話を始めようとしたところで、周囲にいた村のひと達が「ドルトンさんを探すんだ」と息巻いてわたし達の立つ奥へとわっと押し寄せてきた。
 そうだ、ドルトンさんが雪の下に埋もれているんだ。雪崩からかなり経っている。一刻を争う状況だ。

「話は後だ! おれ達も手伝うんだよ」
「ウソップさん……! ビビさんも!」

 村人たちと一緒に駆けてきた2人にこくりと頷き、彼のいる方へ踵を返す。

「ドルトンさん……!!」

 最後に彼を見た場所から雪に流されたと想定して、少し離れた場所を掻き分ける。
 酷い冷たさに指先が痛むけれど、ドルトンさんはきっともっと痛いんだ。
 命をかけてわたしを助けてくれたドルトンさん。まだお礼も言えていない。もう、誰かを失くすのは嫌だ……!

「ドルトンさん……! 生きててくれ!」
「んおおおお!!」
「急ぐんだ、急げ急げ!!」

 そこらじゅうで次々と雪は掘り進められているのに、一向に発見の声は上がらない。
 どうか、どうか。

「……!」

 ふと、矢の羽根の先を掘り起こした。
 これは──間違いない。

「あ、あの、ここにドルトンさんが……!」
「なに?! いたか?!」
「いた!! ドルトンさんを見つけたぞ!!」

 近くの村人に声をかければ、すぐに何人もが集まってきた。
 シャベルを持つ男性達にお任せすれば、あとはきっとすぐに掘り起こされるはずだ。

「君、どいてなさい」
「ありがとなお嬢ちゃん!」

 ぽんと肩を叩かれ、ほっと息をつく。
 よかった。あとはドルトンさんの無事を祈るばかりだ。

「ナマエ!」
「ウソップさん」

 ふと声をかけられ振り返れば、雪かきをやめ息を落ち着かせるウソップさん、それにビビさんやゾロさんの姿があった。

「それにしたっておめェ、なんだってここに」
「わたしは、その…………船をワポルに襲われて……」
「な……ッ、ワポルに?!」
「ご、ごめんなさい……自分から船番を申し出たのに……」
「いや、そんなことよりナマエ、大丈夫だったのか?!」
「はい……なんとか。ドルトンさんに助けていただいたので……」
「あァ」

 わたしとウソップさんの会話を聞いて、思い出したかのようにゾロさんは口を開いた。

「そんで、誰なんだそのドルトンってのは」
「ゾロも見ただろ。この島に着いてすぐ、海岸にいたおっさんだよ」
「今は村で民間の護衛団の団長をしてるそうだけど、元はこの国の……」

 ビビさんが説明し始めたのも束の間、何てことだ、と村人たちの悲痛な声が響いたものだから、皆はっと顔を上げた。
 ドクンと、心臓が大きく波打つ。
 ウソップさん達が慌てて駆けていくものだから、わたしもその後ろに続いた。
 嫌な予感がする。どうか、わたしの思い違いであってほしい──……けれど視界に飛び込んだのは、真っ青な顔をした村人たちが、唇を震わせながらその重々しい口を開くところだった。

「手遅れだった……ドルトンさんの心臓はもう……止まってる!!」

 ガンと鈍器で殴られたような衝撃を感じた。周囲の騒めく声が遠く思える。
 ワポルの悪意から、村を襲う雪崩から、何度も助けてくれたドルトンさんが。

「……わ…………わたしのせいで…………」

 身体の力が抜けてその場に膝をつく。
 わたしが自力で雪崩から逃げられていれば。ワポルに捕まらず抵抗することができていれば。
 脳裏に、また父と母の顔が浮かんだ。
 あの日だって、わたしがもっと早く買い物から帰っていれば。見つけた時点で家に飛び込んでいれば。

「──ドルトンは生きている」

 不意に背後から聞こえた声に息を呑んだ。
 それは他の皆も同じで、一斉にそちらを振り返る。
 「体が冷凍状態にあるだけだ」。そう言ってグローブをした両手の甲を掲げるのは、たしか先程ワポルの治療をしていた人たちだ。

「我々に任せてくれないか……!」

 続けられた言葉に思わず思考が停止する。彼らはワポルの手の者のはずではなかったのだろうか。
 その真意が読めなくて、誰も言葉を口にできなかった。

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