23:なだれ
「──ドルトンさんっ!!」
村の人たちの悲痛な叫び声が木霊する。ドルトンさんがワポルの家来に矢で貫かれて倒れてしまったのだ。
真っ白な雪の上に鮮血が広がる。それを見てワポルは愉快そうに大声で笑い飛ばした。
この人がいればこの危機からも脱することができるかもしれない……そんなふうに抱いてしまった期待が潰えて、思わず身体が震える。
「……?」
違う。わたしの身体が震えているんじゃない。辺り一面が僅かに揺れているのだ。
そのことにワポル達や村の人たちも気が付いたらしい。皆口々に「地震か?」などと呟き始めた。
しかしすぐに、それがただの地震ではないことを知ったのだった。
「違います、ワポル様……! この揺れは、雪崩です!!」
「何ィ?!」
家来の声に皆が山の方を見やる。白い大きな塊が一斉にこちら目掛けて押し寄せてきていた。
「……来るぞ……! 勢いが止まらないっ!」
「信じられない、この村ものみ込まれちまうっ!」
「逃げろォーっ!!」
村の人たちが一目散に駆け出すのを尻目にワポルもカバの上へ飛び乗った。
「逃げるぞ、乗れ! チェス! クロマーリモ!」
「はっ」
幹部らしい2人だけを乗せ、カバらしからぬ速さで走り去ろうとする。家来や医師達が「我々も乗せてください」と懇願しても無視を決め込むこの男には呆れて物が言えない。
「どけ、邪魔だ!」
「ひゃっ?!」
ふと、今し方までわたしを拘束していた家来の人に突き飛ばされ、雪の上に倒れ込んだ。
「痛ぁ……」
柔らかい雪の上だから怪我はせずに済んだけれど、勢いよくついた手首をぐにぐにと回した。捕まえるだけ捕まえて都合が悪くなったら突き飛ばすだなんて、勝手にも程がある。
解放されたのはいいとして、このままではわたしも雪崩に巻き込まれてしまう。急いで逃げないと、と、ふと後ろを振り返れば、もうすぐそこまで雪が迫ってきているじゃないか。
「……! 間に合わな──」
ぎゅっと目を瞑ったところで、不意に身体が軽くなったような、浮いた心地がした。
「……?」
恐る恐る瞼を押し上げれば、いつもより視線が高い……誰かに持ち上げられているのだ。
すぐそばから聞こえる浅い呼吸の主に気付き、わたしは息を呑んだ。
「ド……ドルトンさん……! 矢は……」
「私のことは構わないでいい……。君は、助かるんだ……!」
「え、わ……っ?!」
苦しそうに顔を歪ませるドルトンさんがわたしを持ち上げたまま何やら構えたかと思えば、思い切りわたしを遠くへ投げ飛ばしたのだ。
「ひゃああああっ!!?」
宙を飛びながら元いた方向を見れば、胸や腹から矢が生えたままの彼が白い雪に隠されるところだった。
「ドルトンさん!!!」
彼は自分の身を犠牲にしてわたしのことを助けてくれたのだ。
喉を破いてしまうかと思ったその叫びさえも雪崩に掻き消されて、きっとドルトンさんのところまで届くことはなかった。