22:くびなし
燃え盛る家々に、バキ、ボリ、と物を噛み砕く不快な音。頭痛が酷いあまり、ゆらりと世界が歪む気さえした。
「デ〜〜〜ルリリリリイ〜〜〜シャ〜〜〜ス!!」
両手を大きく掲げてポーズを取るワポルに、家来達がうおお、と歓声をあげる。
先程の川岸でこの男がこの国の王なのだと言っていたけれど、おそらくそれは間違いなのだろう。村の家に放火して、焼け焦げた屋根や壁を貪り食うこの男にそんなことが務まるわけがなかった。きっとわたしの聞き間違いだったのだ。だって、そうでなければおかしいじゃないか。
「いいか国民どもよ、この国にあるものは全ておれのおかし! おれ様がなぜに偉いのか教えてくれ、クロマーリモ!」
「それはあなた様が王様であらせられるからです、ワポル様」
「その通りっ! やはり家はこんがり焼いたウェルダンに限るぜェ!」
まっはっは、と大口を開けて笑い飛ばす。言ったそばから仮説を否定されてショックを受けた。こんな人が上に立つ国で、本当にナミさんを助けることができるのだろうか。心配だ。
それにしても家すら食らう暴食っぷりを見ると、嫌でもあの男──両親を食ったあの食人鬼を思い出して、酷く不快になる。
「…………あ、あの……!」
「んん? なんだ、小娘」
込み上げる吐き気をグッと飲み込んで声を振り絞る。家来の人に無礼だと咎められたけれど、食事で気を良くしているらしいワポルは看過したようで、構わん、とわたしの発言を促した。
「その……は、灰色の髪の男を探してるんです。あなたみたいに食が広くて……人肉、を、食べるのですが」
「人肉ゥ?」
「は、はい。ご存知ないですか……?」
いつ気が変わって殺されるか知れないから、思わず声が震える。
わたしの問いに眉根を寄せながら壁板を咀嚼するワポルは、フン、と鼻を鳴らした。
「知らんな。おれ様は王様だぞ? 下賤な賊のことなど知るわけないだろう! カバめ!」
「っ……そうですよね、すみません……」
幸いにもワポルの機嫌を損ねなかったらしいことには安堵の息を吐きつつも、結局あの男の手がかりは掴めないままだ。
一体どうすれば、あの男をこの広い海の中から探し出すことができるのだろうか。
「……して、情報ですがワポル様……! 恐れ多くもあの麦わらの一味、我らがドラム城へ向かっているという情報で」
ふとクローマリモと呼ばれていた男が雪の上に手をついて跪いた。
ナミさんを診てもらいに行ったはずのルフィさん達がどうしてお城に行くのだろうか。そう考えていれば、ワポルが「何故だ」と同様の疑問を呈した。
「それがまたしても恐れ多くもあの賊医者、Dr.くれはがドラム城に今住んでいるからだと……!」
「なァにをォオ!? あのババアがおれの城に!? どこまでおれをコケにするのだ、あの反国ババアめっ!! たたき出して麦わら共々このおれが食い潰してくれるわ!! 野郎ども準備を!! 城へ帰るぞ!!」
激昂したワポルの呼びかけに家来たちがうおお、と歓声をあげる。
ルフィさん達は一度ワポルを返り討ちにしているようだし、強さに関しては心配はいらないのだろうけれど、ここが相手のホームだということを踏まえるとさすがに少し心配だ。
何気なくワポルの顔を見やればその嫌な目つきと視線があって思わず顔が歪んだ。するとその男は何やら思い立ったようにカバから降り立ち、わたしの腕を拘束から1本引き抜いた。
「痛っ……!」
「今話した通り、これからてめェの仲間をぶちのめしに行く! その土産として、まずは人質である娘の腕の1本や2本、食いちぎっておいてやった方が盛り上がると思わねェか? まっはっはっはっ!!」
「ひ……ッ」
わたしの腕を握る手に力がぐっと込められ、吊り上げたブリキの口角からべろりと舌を覗かせた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。食べられる。今度こそ、母のように、父のように、この男に──。
「はっ……」
浅い呼吸が口から漏れ出す。震えが止まらない。嫌だ、だれか、ルフィさん、サンジさん……っ!
「そこまでだっ!」
突如どこからか聞こえてきた声に皆がはっと動きを止めたかと思えば、次の瞬間には目の前にいたはずのワポルが何者かに斬り飛ばされていた。一体何が。
「何奴っ!!」
「……!」
クロマーリモや家来たちが焦って周囲を警戒する。飛ばされた先で斬られた、死ぬ、と思いの外元気にのたうち回るワポルに、その人は「殺す気で来たのだ、死んでくれて結構」と冷たく言い放った。
「ドルトンさん!!」
村の人たちが歓喜の声を上げる。
恨めしそうに眉間に皺を寄せるその人は、たしかあの川岸にいたリーダー格らしかった男だ。
「貴様、生きていたのか……!」
「よくもワポル様を……!」
クロマーリモ達はドルトンと呼ばれるその人に敵意を向けるけれど、当の本人は何てことなかろう、なんて涼しげに言ってみせた。
「我らが『医療大国ドラム』の優秀な医師達の医療技術をもってすれば」
「そうとも、出でよ“イッシー
その掛け声を聞くや否やピンクの手術着に身を包んだ男たちが次々と現れ、あろうことかブリキやトンカチを使ってワポルの切断された身体を
そして徐に起き上がったワポルは、どこにもない後頭部を掻きながら可笑しそうに笑った。
「いや〜死ぬかと思ったね、実際」
「ああっ! いけませんワポル様、首の縫合がまだ済んでおりませんゆえ」
ゾッとした。
頭がなくても喋って動くだなんて、この男はつくづく何者なのだろうか。気味が悪すぎる。
ワポルが続けて医師達の手術を受ける最中、ふとわたしの存在に気づいたらしいドルトンさんと視線がかち合った。
「……? そちらの少女は……」
「あ、わ、わたしは……痛っ!」
「許可なく喋るな、娘!」
わたしの腕を拘束している家来の人がギリ、と強く締め上げた。ワポルが斬られて苛立っているのだろうか、わたしに当たらないでほしい。
不思議そうに首を傾げるドルトンさんは少し考える素振りを見せたあと、はっと何かに気づいたらしかった。
「そうか、君はあの者たちの……なぜこんなところに」
「まっはっはっ! 知り合いか? その小娘は人質として捕らえているのさ!」
いつの間にやら縫合が済んだらしい首の繋がったワポルがそんなふうに笑い飛ばした。
「またも人質だと……? 病人だけでは飽き足らず、貴様……!」
そう言ってドルトンさんはキツく眉根を寄せてみせる。
どうやらこの国にはただならぬ深い事情があるらしい。この人と同行したはずのナミさん達は今頃どうしているのだろうか。心配で仕方がないのに今のわたしには喋ることすら許されていなくて、悔しさをかみ殺すばかりだった。