19:どげざ

 ちらちらと降り積もる粉雪は影を潜めたものの、下がる一方の気温がひどく肌を刺す。追い討ちとばかりに吹き荒れる冷たい風に思わずぶるりと身震いした。

「ふーっ、こりゃすげェ! 何だあの山は……!」
「マイナス10℃……熊が冬眠の準備を始める温度よ」

 ビビさんの信じ難い言葉に気が遠くなりそうになる。聞かなかったことにしたい。
 マイナス10℃って人間が活動できる気温なんだろうか。わたしが住んでいた町は比較的年中暖かかったから、こんなのは初めてだ。同様にこれほどの一面の雪景色を見るのも初めてだから、それには少し胸が高鳴りつつもあるけれど。

「雪解け水の滝だわ……この辺に船を泊められそう」
「それで……? 誰が行く、医者探し。いや……まず人探しか……」

 ゾロさんの問いにルフィさんやサンジさんが「おれが行く」「おれもだ」と口々に言い合うのを見て、わたしは今回は遠慮させていただくことにした。すぐにでもナミさんを治してくれる人を見つけたいのは山々だけれど、ただでさえ足手纏いなわたしが寒さで使い物にならないとなるといよいよお荷物すぎる。

「皆──」
「そこまでだ、海賊ども」
「!!」

 声のした方を皆慌てて振り返る。いつの間に来ていたのか、岸を上がってすぐのあたりにたくさん人が並んでいるではないか。人を探す手間が省けてよかったと思う反面、それぞれが銃火器を手にしているのが気になる。
 すると、リーダー格らしい大柄の男性が冷たい視線をじろりとこちらへ向け口を開いた。

「速やかにここから立ち去りたまえ」
「おれ達、医者を探しに来たんだ!」
「病人がいるんです!」

 ルフィさんやビビさんは怯むことなく訴えかけたけれど、「そんな手にはのらねェぞ」と島の人たちも負けじと声を張り上げる。

「ここは我々の国だ! 海賊など上陸させてたまるか!」
「さァすぐに錨を上げて出てゆけ! さもなくばその船ごと吹き飛ばすぞ!」

 直球で浴びせられる悪意に胸がざわざわする。確かに彼らは海賊だけれど、ナミさんが本当に危険な状態なのに、話すらも聞いてもらえないなんて。
 ふと、わたしの少し前に立つサンジさんが不服そうに煙草の煙を吐き出した。

「おーおー……。ひどく嫌われてんなァ……初対面だってのに」
「口ごたえするな!」
「ひゃっ?!」

 突如サンジさんの足元に撃ち込まれた弾丸に驚いて後ろに転倒しそうになったところを側にいたゾロさんが支えてくれた。すぐにお礼を言おうとしたけれど、彼は既に鋭い目つきを島の人に向けていたものだから、慄いて言葉が引っ込んでしまった。

「やりやがったな……てめェ!!」
「まって、サンジさんっ!!」
「! あぶな──……!」

 ビビさんがサンジさんの前に止めに入った瞬間、ドゥン、と、嫌な重低音が響き渡る。支えを失った彼女の身体が地面に投げ出された。

「ビビさん……! いや……っ!」

 思わず、咄嗟にその元へ駆け寄る。
 足元から冷えていくみたいな不快感に襲われて頭痛がした。脳裏によぎったのは、横たわる父と母だ。

「ビ──」
「だい、じょうぶ」
「……!」

 絞り出すみたいな掠れた声だけれど、ビビさんは返事をして身体を起こした。生きてるんだ。そのことにとにかく安心してほっと息を吐いていたら、刹那、彼女は島民に向かっていくルフィさんによろめきながらも必死でしがみついた。

「ちょっと待って……! 戦えばいいってもんじゃないわ! 傷なら平気、腕をかすっただけよ!」
「!?」
「だったら……上陸はしませんから……! 医師を呼んでいただけませんか! 仲間が重病で苦しんでます、助けてください!」

 そう声を振り絞って叫び、ルフィさんから離れたと思いきやがばりと地面に頭をつけた。

「ビビ……!」
「あなたは……船長失格よ、ルフィ。無茶をすれば全てが片づくとは限らない……!」
「…………」
「このケンカを買ったら……ナミさんはどうなるの?」

 土下座をしながらルフィさんを諭すビビさんの肩口からは鮮血が滴り落ちている。彼女の言葉に皆がしんと黙りこくっていれば、不意にルフィさんがうん、と小さく呟いた。

「ごめん! おれ、間違ってた!」

 そう言って彼もビビさんの隣に並んでその場に座り込んだかと思いきや、同じように頭を下げたのだ。

「医者を呼んでください。仲間を助けてください」

 船長の思わぬ行動に、こちらへ銃を向けていた人たちは困惑したように各々と顔を見合わせる。
 しばらくの間、痛いほどの静寂が続いたけれど、痺れを切らしたのか決心がついたのか、先程のリーダー格らしい男性がはあ、と息を吐いた。

「村へ……案内しよう。ついて来たまえ」

 その声に思わず顔を明るませる。よかった、これでナミさんが助かるんだ。

「ね、わかってくれた」

 ビビさんの一層嬉しそうな声色に、ルフィさんは「うん、お前すげェな」なんて言って少し悔しそうに眉を顰めたのだった。

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