10:よっぱらい
「んん……?」
劈くような音が轟いて、不意に目を覚ました。ゆっくりと身体を起こして、まだ動き出さない頭をどうにか叩き起こす。
そしてそういえばわたしは宴を抜け出してきたんだったと思い出すのと同時に、今はその宴の声が聞こえてこず、代わりに走り回るような騒がしい音が聞こえてくることに気がついた。
わたしが眠っている間に宴は終えられたのだろうか。それにしても外で騒いでいるのは何だろう。窓の方へ歩み寄り外を覗いてみると、血相を変えた町の人たちが剣や銃などの武器を手に誰かを追いかけ回しているのが見えた。
「あれは……ゾロさん……?!」
見覚えある緑頭にはっと息を飲んだ。
あんなに親切そうに歓迎してくれた町人たちに襲い掛かられるだなんて、ゾロさんは何か失礼なことをやらかしたのだろうか。想像してみるけれど、いまいちしっくり来ない。彼らとの付き合いは短いけれど、優しく受け入れてくれた一般人に粗相するような人たちだとは思えないのだ。わたしの乗船を快諾してくれたように。
じゃあ一体どうしてあんなふうに追いかけられているのだろうかと思考を巡らせたところで、もしかすると歓迎自体が罠だったのでは……なんて考えが頭に思い浮かんだ。
そもそも、海賊を快く招き入れる島なんておかしいと思ったのだ。
「だとしたら、この島にいるのはすごく危険なんじゃ……」
サァ、と血の気が引くのを感じる。
ゾロさん以外の一味の皆はどうしているのだろう。無事だといいのだけれど。
わたしは急いで宴の会場に戻ろうと部屋のドアノブに手をかけた。
「あれ?」
そのままガチャリと動くはずが、うんともすんとも言わない。押しても引いても同じだ。どうやら外から鍵が掛けられているらしい。しまった、閉じ込められた。
この部屋は2階だからわたしが飛び降りられるわけもないし、出口はこの鍵のかかった扉ひとつというわけだ。
絶望的な状況に頭痛がする。どうにかこの部屋から脱出しないと……その一心で何度もドアノブを回しまくってみるけれど、やはりびくとも動かない。こんなにガチャガチャやってたらドアが壊れてしまいそうだ。
「……あっ」
思わず小さく声を上げた。そうだ、壊せばいいんだ。今のわたしがこの部屋から出る方法はもはやそれしか残っていないだろう。
と言っても、ドアなんて壊したことがない。幸いにもこの部屋は随分と古そうではあるけれど、わたしの貧弱な力ではいくら体当たりしたところで壊れはしないだろう。弓矢を背負ってはいるけれど、この距離で放つのはさすがに難しい。
ぐるりと部屋を見回した。もしドアを壊せるとしたら、“これ”くらいだろうか。
わたしはごくりと息を飲んで、白いウッドチェアを引っ掴んだ──。
*
「──皆さん……!」
バンと大きな音を立て、宴の会場に飛び込んだ。何度も椅子をぶつけることで部屋からの脱出に成功したのだ。
しかしそこにいたのはすやすやと眠るサンジさんとウソップさんの2人だけだった。
ゾロさんは先程追われているのを見たけれど、ルフィさんやナミさんの行方が知れない。無事ならいいのだけれど。
「サンジさん、ウソップさん……!起きてください!」
とにかくここにいる2人だけにでも状況を伝えようと身体を揺すってみれば、サンジさんが小さく声を漏らしながら眉間に皺を寄せた。
「んん……?ナマエちゃん?」
「あ……っ!サンジさん、よかった……!ウソップさんは……」
ちらと顔を向けてみたけれど、変わらず気持ちよさそうに寝息を立て続けている。
サンジさんがむくりと上体を起こすと、まだ寝ぼけているみたいにぼんやりとした雰囲気のまま薄く目を細めた。
「ナマエちゃん、もう体調はいいのかい?おれァせっかくの宴にナマエちゃんの姿が見えなくてスゲー寂しかったよ……」
「え?!あ、た、体調はもう……大丈夫です。すみません、ご心配おかけして」
「いや、いいんだ、君が元気ならそれで」
ヘラヘラと微笑うサンジさんに頭を撫でられ、ボンと顔が熱くなる。
サンジさん、酔ってるんだ。じっとわたしを見つめる寝惚け眼がどうにも居心地が悪くて、わたしは思わず視線を逸らした。
「そ……それより大変なんです。外で町の人たちが──」
事情を話しかけたところで、不意に部屋の扉が勢いよく開かれた。
誰か町の人が様子を見に来てしまったのだろうか、と一瞬身を縮こませたけれど、そこにいたのはルフィさんだった。
「ルフィさん……!よかった、無事だったんですね」
「ん?おォ!ナマエもいたのか、ちょうどよかった。サンジ、ナマエ連れて早くいくぞ」
「へ?なん……」
返事もろくに聞かず、眠るウソップさんの長い鼻を徐ろに掴んだルフィさんはそのまま彼を引き摺って外へ駆けて行ってしまった。さすがに目を覚ましたらしいウソップさんの「ハナがモゲる」という悲痛な叫び声が次第に遠のいていく。
突然の出来事に呆気にとられていると、「よくわからねェが」と小さく口にしたサンジさんがわたしを横向きに抱きかかえて立ち上がった。
「船長命令だ、とにかくおれ達も行こうか」
「へ?!あの、降ろしてください、わたしは……」
彼らとはもうこの島でお別れするつもりだったのに。
そう言いたかったけれど走りながらでは舌を噛んでしまいそうで、わたしは口を噤むしかできなかった。