8:ろぐぽーす

「んん!よいよ!これがおれとお前の"戦いの約束"だっ!」

 満足げにラブーンを見上げるルフィさんは全身が傷と汚れと絵具でぐちゃぐちゃだ。
 彼はもう帰ってくることのないラブーンの仲間の代わりに自分がなるために、わざと喧嘩をけしかけたのだった。その想いがきちんと伝わったのか、ラブーンもどこか穏やかな顔つきをしている気がする。
 無数の額の傷の上から描かれた麦わら帽子を被ったドクロのマークはお世辞にも上手いとは言えないけれど、そんなことは大して重要ではないのだ。

「おれ達がまたここへ帰って来る時まで、頭ぶつけてそのマークを消したりするんじゃねェぞ!」

 そんなルフィさんの言葉に素直に「ブオ」と一鳴きしたラブーンに、ルフィさんはまた嬉しそうに「よし」と笑ったのだった。

 そのやりとりを見終えてふと振り返ると、そこにいたはずのクルーの皆がナミさんを除いて誰一人いなくなっていた。
 すると船の方から話し声と工具を叩く音が聞こえてくることに気がついた。どうやらいつのまにか作業をしに船に戻っていたらしい。
 机に向かって何やらノートを纏めている様子のナミさんを横目に、わたしはラブーンを見つめるクロッカスさんにそっと声をかけた。

「あの……クロッカスさん」
「どうした」
「実はわたし、ルフィさん達の仲間じゃないんです。船に居候させてもらってるだけで……。"偉大なる航路グランドライン"に着いたら船を降りる約束だったので、もしここに余ってる船とかがあれば譲っていただきたくて」
「そうか……生憎だがここにはそういう物はないのだ。基本的に私とラブーンが過ごすだけだからな」
「そうですか……ありがとうございます」

 少し残念だけれど、仕方のないことだ。船は次に降りる島で探そう。
 そう思ったところで突然ナミさんが「あーっ!!」と大声で叫んだものだから思わずビクと肩を揺らしてしまった。その声に驚いてか、船にいたサンジさんやウソップさんが縄梯子を伝って上がってきた。
 サンジさんの両手には沢山の料理が盛り付けられた大皿が乗せられている。つい寄ってしまった眉間の皺をさっと元に戻しつつ、わたしは料理から目を逸らしながらナミさんの隣の席へ座った。

羅針儀コンパスが……! 壊れちゃった……! 方角を示さない!」

 机に置かれた件のそれを覗き込むと、確かに赤い針がぐるぐると不規則に回り続けている。明らかに正常ではなさそうだ。

「お前達は……何も知らずにへ来たらしいな」

 呆れた様子でナミさんに説明を始めたクロッカスさんをよそに、席についたルフィさんやウソップさんはテーブルに広げられた料理に目を輝かせた。大きなお刺身……海王類のものだろうか。
 そんなふうに料理を見ていればそれに気づいたサンジさんがニコと笑いかけてくれたけれど、わたしは気まずくて愛想笑いを返すだけだった。

「この海の海流や風には恒常性がない。お前も航海士ならばこの恐ろしさがわかるはずだ。何も知らずに海へ出れば確実に死ぬ」
「確かに……方角を確認する術がなきゃ絶望的だわ。し……知らなかった」
「おいマズイだろ、そりゃ!大丈夫か!?」
「知らないナミさんも素敵だ!!」
「なんかマズイのか?」
「ちょっとあんたら黙っててよ!!」
「鼻がうめェよ、エレファント・ホンマグロ!」

 横槍を入れた2人が怒鳴られる隣で、1人だけ全然違うことを話すルフィさんは次々と料理に齧り付いている。恐るべき速さで大皿が片付いていくのが、なんだかブラックホールみたいだ。

「"偉大なる航路グランドライン"を航海するには『記録指針ログポース』が必要だ」
「ログポース?聞いたことないわ」
することのできる特殊な羅針儀コンパスのことだ」
「変な羅針儀コンパスか」
「まァ形は異質だな」
「こういうのか?」
「そうそれだ」

 料理を頬張りながら空いた手で変わった腕時計のようなものを差し出すルフィさんに、クロッカスさんはコクリと頷き、話を続けた。

「あの『記録指針ログポース』がなければこの海の航海は不可能だ。ま、"偉大なる航路グランドライン"の外での入手はかなり困難だがな」
「なるほど……でもちょっと待って。何であんたがそれを持ってんのよ!」

 そう言って立ち上がったナミさんは思い切りルフィさんの頬をバコンと殴ってみせた。咥えた魚が飛び出しそうになったところを力を込めることで既のことで留めていた。

「……これはお前、さっきの変な二人組が船に落として行ったんだよ」
「あいつらが?」
「何でおれを殴る」
「ノリよ」
「ノリか」

 勢いで椅子から落ちるほどなのに痛くも痒くもなさそうなのは、やはりルフィさんが"悪魔の実"シリーズを食べた能力者だからなのだろうか。
 『記録指針ログポース』をナミさんに手渡したルフィさんは何事もなかったかのように再び料理に手をつけ始めた。

「……これがログポース。何の字盤もない……」
「"偉大なる航路グランドライン"に点在する島々はある法則に従って磁気を帯びていることがわかっている。つまり島と島とが引き合う磁気をこの『記録指針ログポース』に記憶させ、次の島への進路とするのだ」

 料理に夢中なルフィさんを除いた皆がクロッカスさんの説明を真面目に聞き入った。
 わたしも"偉大なる航路グランドライン"を目指すにあたって多少は調べたつもりだったけれど、クロッカスさんから聞く話はどれも初めて知ることばかりだ。

「まともに己の位置すらつかめないこの海では『記録指針ログポース』の示す磁気の記録のみが頼りになる。始めはから出る7本の磁気により一本を選べるが、その磁気はたとえどこの島からスタートしようともやがて引き合い……一本の航路に結びつくのだ。そして最後にたどり着く島の名は『ラフテル』。"偉大なる航路グランドライン"の最終地点であり、歴史上にもその島を確認したのは海賊王の一団だけだ。伝説の島なのだ」
「じゃ……そこにあんのか!? "ひとつなぎの大秘宝ワンピース"は!!」

 興奮気味に前のめりになってそう問うたウソップさんだったけれど、クロッカスさんは海を見つめ背を向けたまま至って冷静に「さァな」と呟いた。

「その説が最も有力だが誰もそこにたどり着けずにいる」
「……そんなもん、行ってみりゃわかるさ!」

 それまでの話を聞いてか聞かずか、ルフィさんは自信ありげにそう言いながら最後に残った大きな骨をパキと噛み砕いた。
 その様子にようやく大皿の料理がどれも骨まで全てなくなってしまっていることに気がつき、サンジさんとウソップさんは目を大きく見開いて驚いた。

「お前一人で食ったのかっ?!」
「うおっ!骨までねェし!」
「おのれクソゴム……!おれはナミさんとナマエちゃんにもっと!ナミさんとナマエちゃんにもっと!!食ってほしかったんだぞコラァ!!」
「わっ」

 苛立ったサンジさんがルフィさんの顔面を思い切り蹴り飛ばしたものだから思わず頭を抱えて身を縮こませれば、不意にすぐ隣からパリンと乾いた儚い音が聞こえた。

「え?」
「へ……?」
「うべっ!」

 地面を滑るルフィさんを横目に恐る恐る音のした方を見れば、なんとナミさんが早速腕に着けた『記録指針ログポース』が風圧でものの見事に割れてしまっているのだ。
偉大なる航路グランドラインを航海するなら絶対に必要である貴重な物……つい先ほどクロッカスさんから聞いた話を思い返しながらナミさんとサンジさんを交互に見やる。言葉を失うナミさんとは対照的に、サンジさんはまだ事態を理解していないらしくナミさんにへらと笑いかけてみせた。

「お前ら二人とも……!」

 ゆらりと立ち上がり2人に向けて構える体勢を見せ、ぐっと力を込めた。

「頭冷やして来ォーい!」

 今度はナミさんによって蹴り飛ばされたサンジさんとルフィさんはその勢いのまま崖の外まで飛び、ドボンと海に落ち音を立てた。"偉大なる航路グランドライン"の海に落ちて大丈夫なのだろうか、と思ったのも束の間、ナミさんやウソップさんは『記録指針ログポース』の方を心配しているみたいなのできっと気にしなくても平気なのだろう。
 焦る彼女らの様子に、割れてしまった『記録指針ログポース』の代わりにクロッカスさんが自身のをくれると申し出た。

「えっ、本当?!ありがとうクロッカスさん!」
「でもいいのか?これがないとおっさんもどこにも行けねェんだろ?」
「構わん。ラブーンはこれからもこの岬で、今度はお前らの帰りを待つんだ。私はその世話を続ける」

 そう言って微笑んだクロッカスさんは嬉しそうで、ルフィさんの行いはきっとラブーンだけでなくクロッカスさんも同時に救ったのだと思った。

 そんなふうに話をしていれば不意にどこかで爆発音が聞こえた気がした。
 近くに船でもいるのだろうかと海を覗いたけれど、現れたのは海から這いずり上がってきたサンジさんにルフィさん、それに──

「あ、捕鯨の……」

 ──先程のおかしな2人組だ。
 服の裾なんかがどことなく焦げているし、今し方の爆発は彼らが何かしたのだろうか。

「なんでそいつらが一緒にいるのよ」
「なんでも頼みがあるとかで……ウイスキーピークってとこまで乗せてほしいらしい」
「ウイスキーピーク?何だそれ」
「わ……我々の住む町の名だ……です」

 捕鯨の時の威勢はどこへ行ったのやら、王冠を被った男性は眉間に皺を寄せながらナミさん達の様子を窺うように話した。その態度を見てナミさんは意地悪そうに笑みを浮かべる。

「船が無くなったからそこへ連れてけって? それは少しムシが良すぎるんじゃないの?Mr.9。クジラ殺そうとしといてさ」
「お前ら一体何者なんだ?」
「王様です、いでっ!」
「うそつけ」

 ナミさんがMr.9というらしい男性の抓った頬を解放すると、その人は隣の女性と一瞬顔を見合わせてがばと地に額をつけた。

「いえません! しかし! 町へ帰りたいんです! 受けた恩は必ず返します!」

 身体を起こした女性はまた顔を伏せ、わざとらしく肩を落とし震わせてみせた。

「私達だってこんなコソコソした仕事やりたくないんですが、なにせ我が社は"謎"がモットー。何も喋るわけにはいかないのです。あなた方のお人柄を見込んでお願い申しあげます」
「…………やめておけ。何を言おうとロクなもんじゃないぞ、そいつらは」

 2人に冷ややかな視線を向けるクロッカスさんに、ウソップさんがコクコクと何度も頷いた。居候させてもらっている身のわたしが言える立場ではないけれど、たしかにどこからどう見ても怪しい。
 しかしナミさんは口元に人差し指を充てて「どうしようかなあ」なんて迷う素振りを見せている。

「ところで、私達『記録指針ログポース』壊しちゃって持ってないのよ。それでも乗りたい?」
「な……なにィ! 壊しやがっただと!? そりゃじゃねェのか!?」
「こっちが下手に出りゃ調子にのりやがって、あんたらも何処へも行けないんじゃないか!」
「あ! でもそういえばクロッカスさんにもらったやつがあったか」
「あなたがたのおひとがらでここはひとつ……」

 ものの見事に怪しい2人組を掌で転がすナミさんを見て、思わず感嘆のため息を吐いてしまいそうだ。
 けれど怪しいことに変わりはないので一体どうするのだろう、と思っていたが、ルフィさんは「いいぞ」と二つ返事で承諾した。何か考えがあるのか、それとも何も考えていないのか……なんとなく後者な気がする。船に乗ってまだ間もないけれど、クルーの皆がどんな人たちなのかが薄らとわかってきた。

 2人を船に乗せることも決まり、皆それぞれが出航の準備に取り掛かり始めた。
 そこでふとミス・ウェンズデーと呼ばれる彼女に声をかけた。彼女らが次に行く島の住人だと言うのなら、到着を待たずとも予めいろいろと聞くことができると考えたのだ。

「なにかしら」
「その、ウイスキーピークってどんな町なのか知りたくて。わたしは彼らの仲間というわけではないので、なるべく早くどこかの島で船を降りなくちゃいけないんです」
「そう……それならウイスキーピークで降りてもいいんじゃないかしら。大きな町だし、きっと気に入るわ」

 目を細めて微笑うウェンズデーさんにほっと息をつく。
 変な人たちの住む町と聞くと正直印象はあまりよくないけれど、人が変だからと言って町全体も変ということはないはずだ。それに、大きな町なら船を調達することもできるだろう。ウイスキーピークで、麦わらの一味の皆とはお別れだ。
 わたしはウェンズデーさんにお礼を告げて、皆の出航準備にまざりに向かった。

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