※昔のサイトに一瞬掲載していた『嘘と磁石』という連載の1話です。
「えっ」
「えっ?」
ある夜わたしは見知らぬ男の部屋で目を覚ました。
部屋に入ってきたピンク頭の男はわたしを見るや否や驚きに目を見開かせる。
誰だこの人。
ていうかどこだここ。
見覚えのないベッドの上にぺたりと座り込む。まさか誘拐かなんて考えたけれど、ピンク頭の様子を見る限りそれとは違いそうだ。
しかし誘拐とかでないなら尚のこと、いつもどおり自宅のベッドで寝ていたはずが気がついたら違うベッドで寝てたってどういうことなんだ。寝相悪すぎか。
ドアノブに手をかけたまま呆然と立ち尽くす彼は、不意にはっとして徐ろに後ろ手で扉を閉めた。
「……いやぁびっくりしたわ。まさかそないダイタンな子ぉがおるやなんて」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、嬉しそうにこちらへ歩み寄ってくる。それがなんだか怖くて、思わずベッドの上を後ずさった。
「だ、ダイタン?」
「俺に会いにきてくれたんやろ?志摩さん嬉しいわ〜。でもたぶんお話するん初めてやんな?よう俺の部屋番わからはったなぁ」
「会いにきた?部屋番??」
語尾にハートマークを散らしまくる、志摩くんというらしい彼が同じベッドに腰をかけたものだからわたしはさらに後ずさったのだけど、ああ、壁に背をつけてしまった。追い詰められた。
にこにこと嬉しそうに笑う彼は正直怖いとかいうより気持ち悪い。お願いだからピンクのオーラを垂れ流すのはやめてほしい。
わたしのいる壁際までにじり寄り、トンと真横の壁を腕で支え体重をかけた。
壁ドン。それは全国の女子憧れのシチュエーションで、少女漫画を読んで育ったと言っても過言ではないわたしももちろん例外ではない。
だけどまさかこんな形で体験することになるなんて。そしてこんなにもときめきを感じないなんて。
「かわええなぁ〜!女の子が部屋におるってええわぁ」
「ひぃぃい」
「志摩さん、お待た……」
正当防衛か、思わず小さく悲鳴が漏れ出たのと同時に、部屋の扉が開かれた。部屋へ入ってきたのは眼鏡をかけた小柄な坊主の少年のようだ。
眼鏡の彼はわたしを見つけるや否や眉間に皺を寄せ、志摩くんに怪訝な目線を向けた。その瞳に光は宿っていないように思えた。
「志摩さん何しとるんや、その子えらい顔青ざめてはるやん。ついに女子を部屋まで連れ込みよって……ここはあんただけの部屋ちゃうんやで。そないなことばっかされるとそろそろ僕らも対応考えさせてもらわなあかんいうか」
「なァァァ待って待ってえな!俺が連れ込んだんやあらへん!この子が来てくれたん。ナッ!」
慌てて壁から離れた志摩くんが、わたしの顔を覗き込みながらデレッとした笑顔を投げかける。と、同時に眼鏡の彼の怪訝な視線が今度はわたしに向けられた。
「えっ……?!ま、待って!ちがうちがう、わたし気づいたらここにいたんです。普通に家にいたはずなんだけど……」
必死に訴えるわたしに目をぱちくりさせる2人。ああ、言う前に気がつけばよかった。こんな突飛な話、誰も信じるはずがないじゃないか。これじゃわたしはただの頭のおかしな人だ。しかも"男の部屋に侵入した痴女"というレッテル付きの。
そう思って頭を抱えて俯いていれば、どちらかが「もしかして」と口を開いた。
「フェレス卿がまた何や企んではるんですかね?」
その声にぱっと顔を上げれば、2人が視線を交わしてお互いの意見を確認し合っていた。どうやら2人とも、わたしのこの状況に心当たりがあるらしい。
「わ、わたしの話信じてくれるの?」
「そんなん、俺が女の子の話信じひんわけあらへんやん!」
ヘラヘラと笑う志摩くんの言葉に、思わず安堵の息が漏れた。
セクハラ紛いの理由だけれど……いやさっきの壁ドンとかは完全にセクハラだったけど。信じてもらえるならとてもありがたい話だ。
彼の邪な考えに感謝しつつ、わたしはそっとベッドから降りた。
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2017年9月執筆
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