「なんやその子」
「坊!」

 ふと扉を開け部屋へ入って来たのはいかついヤンキーだった。
 背が高くてガタイがいいからかなり威圧感があるけれど……それにしても素敵な頭だ。モヒカン部分だけを金髪に染め上げているところに非常に気合いを感じる。いいセンスだ。
 なんて思いながら見つめていれば、ばちと視線がかち合ってしまった。

 ヤンキーはわたしを見るなり、やはり志摩くんに白々しい視線を寄せたものだから、彼は「俺とちゃいますよ」と焦ったように弁解した。
 彼はあまりにも同室からの信頼がないらしい、その理由は先程のわたしへの言動で明確なわけだけど。

「この子、気づいたら僕らの部屋におった言うとるんです。せやからもしかしたらまたフェレス卿が何やしはったんちゃうやろか思いまして」
「まあこないだの抜き打ち試験がええ例やでな……。ありえるわ」
「でっしゃろ。せやで俺ら、この子フェレス卿んとこ連れてったろか思っとるんです」
「せやし、男子寮ん中を女の子が歩き回るんはいろいろとやばいやろ……。それにどないして理事長に会うんや」
「ですよね……」

 3人揃って小さく息を吐き、そのまま困ったようにわたしを見やる。一気に視線が集まったものだから気まずくなってそっとそれから外れるように顔を逸らした。
 というか、ここは男子寮だったのか。複数の男が同じ部屋で暮らしてるのだから、冷静に考えればすぐにわかることなんだけれど、いかんせん冷静になれるような状況ではなかったので仕方がない。
 しかしなんでまたわたしはそんなところに。
 この人達はわたしの話を信じてくれたようだけれど、普通ならそうもいかないだろう。もし他の男の人に見つかろうものなら今度こそいよいよ痴女街道をまっしぐらだ。

「せや、子猫。この子に服貸したりや。したら見た目は何とか誤魔化せるんやないか」
「そうですね、僕のならサイズも大丈夫やろし……」
「え?!何やのん子猫さんずるいわぁ、俺かてかわええ女の子に服着せたりたい!」
「お前はそういうところがあかんのや」

 志摩くんのピンク頭にツッコミ(チョップ)がドビシと強く入れられた。
 話の進むスピードが物凄くて完全に置いてけぼりを食らっているけれど、それにしてもあんまりテンポがいいものだからなんだかコントでも見ている気分になる。

 服といえば、今わたしが着ているのは薄ピンク色のネグリジェだ。店頭で見かけた時にそのかわいさに一目惚れした以来お気に入りでよく着ていたのだけど、当然のことながらもしこの服装のまま出歩けばひと目で女だとバレてしまう。寧ろバレない方がびっくりだ。
 少女趣味なので普段からこういう女の子らしいアイテムにはどうも惹かれてしまいがちなのだけれど、それがまさかこんなところで仇になるなんて。

 ありがたく服を借りることにしたわたしは着替えるために3人には一度席を外してもらった。押しかけた側なのに申し訳ないなと思うけれど、さすがに男子の前で着替えられるほどわたしの肝は据わっていない。

 子猫と呼ばれる彼に借りたパーカーはグレー地にワンポイントの黒猫が描かれた、メンズでありながらかわいらしいものだった。それとセットの黒のズボンを履き、肩まである髪もフードに仕舞い込んだ。
 ずっとコンプレックスだった小さな胸も、今日ばかりはラッキーだったと言えるかもしれない。今日ばかりは。
 これで女だということは何とか隠せるだろうか。

「ほなとりあえず行こか」

 着替え終わったわたしが部屋から顔を出せば、それを確認したヤンキーに小さく手招きされて部屋を後にした。



「しかしほんまどないすればええやろか」

 無事誰にもバレることなく寮から出られた道中、ふとヤンキーが呟いた。
 見つからなかったのは喜ばしいことだけれど、ただ男物のパーカーを着て髪を隠しただけで女だと思われないのは些か悲しいものだ。

「いきなり理事長の家行くわけにはいかへんでな」
「行ったところで僕らが家に入れてもらえるかわかりませんもんね」
「?? なんかすごい人なんだね……?」
「すごいいうか……まあようわからん人やな」

 謎に包まれた理事長先生ってことだろうか。そもそも「フェレス卿」なんて呼ばれてる時点で只者ではなさそうだ。

「そないなことよりぃ、お名前なんて言うん?」

 2人が深刻な顔つきを見せながら理事長にどう会うかを話し合う中、場の雰囲気に全く似合わない間の抜けた笑顔で声をかけられた。

「へ……」
「いやぁ、さっきまでドタバタしとって聞けへんかったやろ?志摩さんずっと聞きたくてウズウズしとったんや」
「また始まったわ志摩さん……」
「お前仮にも坊主やろ……。でもまあ名前は聞いといた方がええかもな」

 坊主?坊主ってどういうことだろうか。この3人の中で坊主なのはどう見ても眼鏡の彼だけなのだけれど。
 志摩くんの軽い言動に呆れつつも、ヤンキーの言葉で視線は再びわたしに寄せられた。どうしてこの人たちはこうも視線を集中させるのだろうか。恥ずかしいからあんまり見つめすぎないでもらいたいものだ。

「えっと、なまえ…………みょうじなまえです」
「なまえちゃん!!かいらしなあ、俺は志摩廉造いうんよ。志摩さんって呼んだってなぁ!」
「僕は三輪子猫丸いいます」
「俺は勝呂竜士や。志摩は危なっかしいで何かあったら俺か子猫に言い」
「あッ坊!んな殺生なぁ!」
「わ〜頼りにします。さっきも割と危なかったし」
「なまえちゃんまで!!さっきのは不可抗力いうか勘違いいうか、てっきりなまえちゃんが誘っとるんやと思たもんでして……」

「そういうところや」
「そういうところやで」
「そういうところだよ」

「手厳しい!!!」

 声が揃ったのがなんだかおかしくて思わず声を出して笑った。
 突然見知らぬ場所に来てしまったのは災難だったけれど、訪れたのが彼らの元だったのは幸いかもしれない。

 ふと視界の端で、遠くの空が青く揺らめいた気がした。





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2017年9月執筆

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