遊園地エントランスに向かって歩く勝呂と、その少し前を飛ぶ霊の少女。それは何とも不思議な光景である。

 悪質でなさそうとはいえ、信用するにはまだ早すぎる。自分の後ろをついて来させることはしないようにと決めていた勝呂だったが、霊の少女は何も言わずとも自ら先陣をきっていくのだ。それも鼻歌交じりで随分と楽しそうに。
 不意にくるりと後ろを振り返ったかと思えば、勝呂の方を見てにんまりと微笑んでみせた。

「えへへ、空を飛べるっていいねえ!死んじゃったってのはびっくりしたけど案外結果オーライかも」

 ーー結果オーライてなんやねん、自分の死に無頓着すぎるやろ!
 思わず心の中でツッコミを入れた勝呂だったが、実際にはそうかと小さく応答しただけだった。
 霊……悪魔に気安く話しかけるのはあまり良しとされることではない。会話から心につけ込まれ、その身を危険に晒す恐れがあるからだ。
 尤も、この少女にはそんな心配はいらなさそうだと熟思わされるのだが。

 そんな理由もあって愛想悪く対応していれば、少女は少しつまらなそうにムッと口を尖らせた。

「ねえ、何か話そうよ……あっそっか、名前言ってなかったもんね!わたし、みょうじなまえ!きみは?」
「……勝呂竜士や」
「竜士くん!竜士くんって大人っぽいけど制服着てるし、もしかして学生?」
「高1や」
「わあ〜じゃあ一緒だね!」
「そうか」
「えーっと他は……あっご趣味は?」
「暗記と……て、合コンか!」

 あまりに気の抜けた問いに思わずツッコミを、今度は現実で入れれば、少女基なまえは嬉しそうに声を出して笑った。

「あはは!やっと目ェ合ったね!竜士くんずっと下ばっか見てるんだもん」

 陽の光が微かに透き通るなまえの綻んだ表情に、勝呂は思わずドキリと胸が鳴った。
 ーーいや、なんやドキリて。んなもん鳴っとらへん!
 咄嗟に自身を誤魔化すように胸元をドンと叩いて落ち着け、ハァと小さく息を漏らす。
 彼女の白い肌に映る輝きがあまりに綺麗で、ちょっと心臓が勘違いしてしまったのだ。そうに違いない。そんな風に言い聞かせた。

「あっもしかしてあそこがエントランス?」

 ふとなまえが問いかけ指差した先を見やると、勝呂が椿に電話をかけたあと他の皆にも招集の連絡がなされたのだろう、数人の抜けはあるが塾の友人たちがほぼ全員揃っていた。

「あっ坊!」
「ちょっと待って、あいつと一緒にいるの誰よ?」
「霊やん!坊が見つけはったんやなあ、小さい男の子やなくて女の子みたいやけど……?」

 遠巻きでも届く彼らの声を聞き流しながら、ちらと目の前の少女に目をやる。視線がかち合うと早く行こうよ、とぱっと手を引かれた。

「お、おいーー……」

 そのまま歩を進めれば、友人たちはぱちくりと驚いた表情でその様子を見つめた。
 先生から突然の招集をかけられたかと思いきや、成績優秀おまけに大真面目の友人が今回の目的とは別の霊に手を引かれやってきたのだ。こんなこと、この中の誰が想像できただろうか。
 そんな僅かな沈黙を破ったのは志摩の嘆きだった。

「坊、なんなんです?!ちょっとの間目ェ離れたかと思えばかいらし女の子連れて……俺かて女の子と手ェ繋ぎたい!」
「お前の論点はそこなんか、つか手なんか繋いでへん!」
「あ、あの……坊、そちらの人は……?」

 おずおずと問いかけた三輪が横目でなまえを見る。普段は女子と2人で歩く姿すら滅多に見られない勝呂が、突然女子、しかも悪魔を横に連れてやってきたことに驚きを隠せないようだ。

「あー……ちょおそこで会うてな。霊やねんけど……椿先生に連絡したらエントランスで待っとけ言うてはったから連れてきたんや」
「普通素性の知れない悪魔を生徒1人に任せる?あの先生ほんと……」
「わたし素性知れなくないよぉ、みょうじなまえっていうの」
「は?別に聞いてないんだけど」
「あれ……そういえば山田くんはどないしたんです?」
「あいつは……」

 三輪の言葉に辺りをぐるりと一瞥したが、やはりその姿は見えない。今この場にいるのは自分やなまえを含め、志摩、三輪、神木と少し離れた場所にいる宝の6人のみだ。

「途中ジェットコースターがいきなり崩れたやろ、あん時どっか行った以来戻ってきいひんのや」
「ああ、そういえばあれ何やったんでしょうね」
「さあ……」

 この中には当時現場付近にいた人は1人もいないようで、皆各々首を傾げた。
 するとふと誰かがあっと小さく声を上げたかと思えば、入場門から教師陣が現れた。

「先生!」
「皆さん、今日の任務はひとまず解散です。寮に戻ってください」

 奥村が手早く塾生達に指示を出した。眉間に皺が寄っているように見えたものだからどうしたのかと思えば、その背後を奥村燐を小脇に抱えた見たことのない女性が通っていった。

「どうしたんあいつ……」
「なんあれ羨ましい!」
「志摩さん」

 奥村は優秀な弟とは違っていつも何かしらやらかす男であるが、今回もまた何かしでかしたのだろうか、と勝呂は呆れがちに息を吐いた。
 彼を抱える女性がおそらく山田であることなんて、今勝呂には気に留めることではなくなっていた。

「ああ、勝呂クン。実は急を要する事態が発生してネ、悪いがキミとその少女だけここでもう暫く待っていてくれたまえ」
「あっ?ああ、わかりました……」

 端的に告げた椿や他の教師達がいそいそとどこかへ行ってしまったのに対し、塾生達はその場に取り残された。
 そして神木や宝が先に寮へ戻り、杜山も帰路についた。志摩や三輪は勝呂と一緒に残ると申し出たのだが、寮に戻れと指示が出ている今、真面目な勝呂はそれを許さなかった。

「また2人だねえ、竜士くん」

 沈黙を繋ぐように発した、間延びしたなまえの声はそのまま空へ溶けていった。





----------
2017年10月執筆

prev / back / next

top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -