※連載『One week ghosT』のボツにした元1話です。





「ったく……ほんまどこにおるんや」

 ふと、ため息が漏れた。心ともなく溢れた呟きは去ったばかりの山田を指すのか、将又今日の目的である霊を指すのか、それは勝呂自身にもわかっていなかった。

 候補生認定試験合格後、祓魔塾生達は霊の目撃情報があるという遊園地での捜索任務に当たっていた。まだ悪戯程度の悪さしかしていないが放っておけば悪質化する可能性がある以上、早めの対処を取らなければならない。小さい男の子の姿をしているという情報を頼りに、指定された組み分けで皆園内を歩いて捜し回っていた。
 しかし、勝呂と共に行動していた山田がジェットコースターのレーンが大破するのを見た直後、どこかへ走り去ってしまったのだ。

 まったく、どうしたものか。
 とりあえず級友であり教師でもある奥村ーーもちろん雪男の方に連絡を取ろうかと、携帯電話をポケットから取り出したその時。ドン、と誰かが背にぶつかった。もしや、山田が戻ってきたのだろうか。そう思った勝呂は一言申してやろうと意気込んで後ろを振り返った。

「お前なあ、いきなりおらんくなるて……」
「ひぇっ?!」

 予想外の反応に思わずはたと動きを止めた。どうやらぶつかったのは女子らしい、山田ではなかった。それも塾生の誰でもない、見知らぬ少女だ。そうとは知らず思い切りガンを飛ばしてしまったことが申し訳なくて、咄嗟に眉間の皺を緩めた。

「って、今日ここは閉園になっとるはずや……あんた一体どこから」

 はっと気がついた勝呂は少女の足元を見てギョッとした。
 その足は薄く透け、ふよふよと宙に浮いているのだ。
 ーーもしかしてこの娘が件の霊か?いや、先生方は幼い少年の姿をしとる言うてはったはず……。
 それとも報告に上がっていなかっただけで、他にも複数出現していたのだろうか。どちらにせよ、一度連絡を取る必要がありそうだ。

 そんな勝呂の様子にキョトンと首を傾げる少女が彼の視線を追うように自身の足元へ目線を下ろすと、ひどく驚いた風にして目を見開かせた。

「あ、足が透けてる……?!え?!手も!」

 少女はあたふたと騒ぎながら手足を交互に見比べ、何度も透けていることを確認した。それはまるで自身が透ける様を初めて見るかのような反応でーー。
 しかし霊であれば身体が一部透けているのは当然のことだろう、なぜそんな風に驚くのかが勝呂には理解できなかった。

 自分が霊になったことに気がつかない。そんな場合があるのだろうか。だとすればそれはなんて可哀想な話だろうかと、薄く眉を顰めた。

「まさかわたし、死んじゃったの?」
「……そういうことやな……残念やけど」

 辛い話ではあるが、こういう場合きちんと真実を話してやらないと彼女のためにならないのだ。
 「そっかぁ」と小さく呟いた少女はまだ事実を自分の中で消化し切れないのだろう、誤魔化すみたいにしながら困ったように微笑んでみせた。

「え〜なんで死んじゃったんだろ?全く身に覚えがないや、えへへ」
「生前の記憶があらへんのか?」
「うーん、あんまり。最期にどうしてたかとかは何にも覚えてないかも」
「そうか……」

 ーーこれは厄介かもしれん。
 霊とはそもそもその死体から揮発した物質に憑依する悪魔で、その性質は大抵が生前の感情に引き摺られる。生前の話を聞き出せない以上、こちらから彼女の特質を見抜くことは非常に難しいわけで、それはつまり対処の困難を意味する。
 風貌からは一見害がないように思われるが、果たして。

 本来の目的とは異なるが霊は霊だ。勝呂は念のため報告を入れようと奥村に電話をかけたが、先程のジェットコースター破壊の件に出向いているのか繋がらない。代わりに引率の椿に掛け直せばすぐに応答があった。

『勝呂クンか。どうしたのかネ』
「椿先生。霊見つけました……せやけど聞いてたんと容姿が違うてて。肩より少し長いくらいまで髪の長さのある女子で、おそらく俺らと同じかその前後くらいの年齢やと思います」
『何?女子の霊?……そんな報告は聞いていないが……』
「今んとこ悪さする様子はなく害はなさそうですけど、一度先生方んとこまで連れてきますか?」
『フム、可能ならそうしてもらえるかネ。こちらから向かいたいものだが生憎少し立て込んでいてね……先にエントランスで待っていてほしい』
「わかりました」

 椿の息が心なしか荒いように思えたから、どうやら教師2人ともがジェットコースターの情態を確認しに行っているらしい。あちらはあちらで何やら大変そうだ。
 通話を切るや否や、物珍しそうに自身の手足を見つめる少女になるだけ優しい声色で話しかけた。今は穏やかだが、何をトリガーに激化するかわからない。あまり刺激するのは避けたいのだ。

「……俺はあんたみたいな人たちを還す術を学んどるんや。あんたもそうさせてやれるかもしれん、ついてきてくれへんか」
「還す……成仏ってこと?」
「少しちゃうけど、まあそんな感じや」
「……そっかぁ、わかった」

 そう言ってはにかんだ彼女は、どこか残念そうに見えた。





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2017年10月執筆

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