静かな教室に、教師の語りと板書の音だけが微かに木霊する。
今日は昨日まで行われた試験の返却が早々に終えられ、今はもう通常授業に切り替わっている。こういった対応が著しく早いのはさすが名門正十字学園といったところか。
昨日は寮に残した名前も、今日はいつも通り一緒に教室へ来て授業を聞いている。
昨日の名前はなんだか様子がおかしかったから心配していたが、今朝ランニングから帰るとまだ寝ぼけ眼の彼女におはようと挨拶をされたものだから、普段通りらしいことに心底安心した。
それにしても、昨日突然透けてしまっていたのは一体なんだったのだろうか。
まさか近いうちに名前は消えてしまうのだろうか。きゅうと、胸が締め付けられるような心地がする。
成仏することは名前にとって喜ばしいことのはずなのに、どこかそれを拒む自分がいる。それはやはりこの7日間で名前が大切な存在になったからで────。
俺は半分無意識に拳を握り締めていた。
使い魔という名目で行き先不明の名前を保護するだけのはずだったのに、いつの間にかこんなにも離れ難くなってしまうとは。
こんなに煩悩に塗れた頭では、志摩に何も言えないな、なんて思った。
ふと終業チャイムがなり、授業が終わったことが告げられた。集中できなかったせいで授業内容がいまいち身に入らなかったが、今はそんなことはあまり気にならなかった。
俺はまだ
授業が終わったため、教室後方にいた名前が俺のところに戻ってきた。試験が明けて久しぶりに授業を聞けてどこか満足そうだ。
「名前。用事があるさかい、子猫達と先帰っとってくれるか」
「用事?」
「おお、奥村先生に質問があってな」
「相変わらず真面目だねえ……!それじゃあわたし、先に行ってるね!」
「すまんな」
嘘は言っていない。別に隠す必要もないのだけれど、言えば名前はきっと遠慮するだろうから、伏せておいてやりたいのだ。
すいすいと泳ぐように教室を後にする名前を見送って、まだ自身の席にいた奥村先生に声をかけた。
「奥村先せ……、奥村くん」
級友とはいえ学内で話すことは多くないから、未だに慣れない呼び方だ。
「勝呂くん。どうしましたか?」
「名前のことなんですけど」
親切そうに眼鏡の奥で微笑む双眸は落ち着いていて、やはり随分と大人びていると改めて感じる。
俺は奥村先生に昨日の名前の症状を詳細に説明した。
「なるほど……」
話を聞き終えた奥村先生は口元に手を当て何度か小さく頷き、話の内容を頭の中で整理しているようだった。
「……話を聞く分には、成仏が最も似た状況かと思います」
「やっぱり……」
「ですが、本来
そこが彼女とは違っているのが気になりますね、と彼は僅かに眉間に皺を寄せた。
「
そういえばそのようなことを奥村や杜山さんが話していたような。
「そういったように本人に未練がなくなれば自然と起こる現象ですから、苗字さんはきっと勝呂くんと過ごしていてとても充実したんじゃないでしょうか」
「そ……う、なんですかね」
未練がなくなったといえばもちろんつまりはそういうことになるのだが、面と向かって言われるとなんだか照れてしまう。
そんな俺を見てか奥村先生はにこりと目を細めて微笑った。
「……とはいえ、まだ成仏と決まったわけではありませんから、しばらくは様子を見ていてください」
「はい」
そう念を押して鞄を手にした奥村先生は「僕も調べておきますね」と言って、教室を後にした。