レトロな店舗看板が連なる商店街は、初めて訪れるのにどこか懐かしいような雰囲気が漂う。
雑踏から宙へ抜け出しくるりと身を翻した。
そんなわたしを見て「逸れんなや」と竜士くんは言うけれど、長身の彼はひとより頭ひとつ飛び出ているし、何より金のトサカが目立つのだから見つけるのは容易だ。
「南十字通り、1回来てみたかったんだ!有名だけど地元だと逆に来る機会がなかなかなくって」
わたしが彼の近くへ戻り、連れてきてくれてありがとう、とにこりと微笑みかけると、竜士くんはおう、と頷いて返事をくれた。
「ほんで名前、何を買うんや?」
「えっ」
不意に投げかけられた疑問にぴたりと身体が固まる。
「なんや、なんも考えとらへんかったんか?」
「えへ……いや、合宿の持ち物っていまいちピンとこなくて。竜士くんを頼ろうかな〜って」
竜士くんが頼りになるあまりついつい思考を放棄してしまったことがなんだか恥ずかしい。
そんなわたしに彼はなんやそれ、と言って笑った。
「合宿ちゅうか、泊まり言うたらとりあえず着替えとかとちゃうか?」
「でも
服装が形状記憶で変更の効かない今のわたしには着替えなんていう概念はないに等しい。
なら他は、スキンケア用品とか……と思ったけど、これも衣服と同じ。髪や肌などわたしの身なりに関することは全て形状記憶されているのだ。
じゃあこれ、それならこれ、といろいろ考えてみたものの、どれも
「女子の持ち物はようわからんけど、最低限必要なもん言うたらそんくらいか……?」
「てことは買う物特にないんじゃ……」
商店街の観光客の騒がしさがいやに耳につく。
やばい、どうしよう。好奇心にすぐに飛び付かず一考してみるべきだった。
正十字学園から南十字通りまでは、遠くないとはいえ近くもないのだ。試験明けできっと疲れているであろう竜士くんがわたしを気遣って連れてきてくれたのに、そういえば目的は特にありませんでしたじゃさすがに申し訳なさすぎる。
頭を抱えて唸っていれば、頭上から突然何かが噴き出る音が降ってきた。
驚いて顔を上げると、竜士くんが僅かに目尻に涙を溜めつつ真っ赤な顔でくつくつと笑いを堪えていた。
「へ……?!」
「っ……くく、いや、すまん。あないに合宿楽しみにしとるくせして、自分の準備物のこと把握しとらへんとかあるか普通……?!ははっ、お前、ほんま笑かすわ」
「な、な……」
突然笑われて、顔にカ〜ッと熱が篭るのがわかる。
そんなにウケることだっただろうか。男の子のツボってわからない。
ふとわたしの様子を見た竜士くんがコホンと咳払いをして、何もなかったかのように「まあなんや」と言葉を続けた。
「買うてくもんも特にないならそのへんぶらっと見てくか」
「な、なんかごめんね……。無駄足になっちゃった感が」
「元々テスト後の気晴らしも兼ねとるつもりやったさかい、気にせんで」
そう言った竜士くんが薄く笑んだ。胸がどきりと高鳴って、どこか奥の方が擽られるような心地がした。
「わ」
竜士くんがごった返す人混みの中を縫うようにして歩く中、その頭上を飛ぶわたしはふと外れにある小道の先が目についた。
「あんなところに公園がある」
「ん?おお、行ってみるか?」
「うん!夕方になって人が増えてきたし、ちょっと休憩しよう」
「せやな」
大きな通りから小道の方へ抜け出た。周辺は人通りもなく、閑散としている。
ブランコが1台と、ささやかなベンチが1基あるだけの小さな公園だ。竜士くんがベンチに腰掛け、わたしも倣って隣に座る。
穏やかな風が吹き抜けた。もう夏も目前だけれど、今日は日差しがあまり強くない。
ふと竜士くんに目をやれば彼は風が心地良さそうに息をついていた。自然と、緩く笑みが零れる。
彼といるとすごく安心できる。竜士くんとの時間は本当に楽しいのだ。
思い返せば竜士くんと出会ってからまだ1週間も経っていないというのに、1日1日が濃密で、忘れられない思い出だ。
こうして、ずっと、一緒にいられたらいいのに────。
「……! 名前!」
「へっ?」
不意に力強く名前を呼ばれたものだから、突然意識が引き戻されるようにはっと気がついた。
あれ。わたし、そんなに気が遠くなるほど考え事してたっけ。
ウーン?と顎に手を当てて首を捻れば、ふと違和感の正体に気がついた。
「あれ……」
顎に当てた手が、ひどく薄く透けているのだ。
手だけじゃない。よく見れば全身が同じようになっているではないか。
そんなふうに考えながらまじまじと透ける身体を見つめていれば、肌は次第に色を取り戻していき、すぐにいつもの通りになった。
一体なんだったのだろうか。
そういえば昨日、たったの一瞬だけだったけれど目眩のようなフラつきがあったことを思い出す。軽く流してしまっていたけど、その時も自分では気がつかなかっただけで透けてしまったりしていたのかもしれない。
「名前、お前今……えらい透けとったけど、大丈夫か?どっか悪いとことかないか?」
「えへへ…………うん、ありがとう」
焦ったような声色で心配してくれる竜士くんに「大丈夫だよ」とはっきり伝えたいけれど、正直今はちゃんと笑顔が作れているのかどうか自信がない。
気がついてしまったのだ。薄々、そんな時がいつかは来るのだろうと察してはいたけれど。
彼と一緒にいられる時間は、きっともう長くない。