Wednesday (2/2)

 夜──街中がすっかり寝静まり、どこか遠くで梟の鳴く声が聞こえた。
 俺も日課の暗記をほどほどに終え、そろそろ寝ようかと立ち上がり振り返ると、そこには名前がちょこんと立ち竦んでいた。

「名前?どないしたんや?」
「あの……あのね、竜士くん」

 名前がそう言いかけたところで、彼女の身体がすう、と薄く透けたのがわかった。
 それは昨日なんかとは比べ物にならないくらい、名前の奥がはっきりと見えるほどで、俺は言葉を失った。
 表情に表れてしまっていたのだろう、そんな俺を見て名前は悲しそうに眉尻を下げながら微笑んだ。
 じんわりと、透けた身体が元に戻る。
 衝撃で言葉が出ないままでいると、彼女はぽつりと呟いた。

「わたし、たぶんもう消えちゃうんだ」

 ひどく切なそうに瞳を揺らして笑う名前の表情は初めてで、返事もまともにできないまま彼女の言葉は続いた。

「……竜士くんと過ごすようになって、憧れだった正十字学園の授業に参加できて、何も知らない祓魔師エクソシストの世界を知れて、祓魔塾のみんなとも仲良くなれて…………」

 名前はひとつひとつ思い返すように、ゆっくりと紡いでいく。

「わたし、最初にわたしを見つけてくれたのが、竜士くんでよかった。竜士くんの使い魔になれてよかった」
「……名前」

 名前の双眸にじわりと涙が浮かぶ。

「わたし……竜士くんを……っ、……す、好きに、なれて…………毎日すっごく楽しかったよって、最期に伝えたくて」
「……っ、そないなこと……!」

 悔しさで息が詰まる。
 俺は結局、この子を泣かすことしかできないのだ。
 俺は名前の細い腕を引っ掴んで、強く抱き寄せた。
 腕の中で名前が僅かに嗚咽を漏らしながら、俺の服の背の部分をぎゅうと握り締めた。

「名前……」

 いろいろな感情が鬩ぎ合って頭がおかしくなりそうだ。心臓が早鐘のように打つ。

「……名前。……好きや、俺かて、お前んこと…………」

 絞り出すように吐露した言葉はもはや自己満足でしかないけれど、どうしても今、口にしておきたかった。

 しばらく欷泣する名前を抱きしめたままでいたが次第に落ち着き、不意にねえ、と呼びかけられた。

「なんや、どないした?」
「今日、竜士くんと一緒に寝てもいい?」

 思わぬ発言に一瞬どきりとしてしまったが、そんな気持ちはすぐに打ち消した。
 俺の背を掴む指が僅かに震えているのがわかった。彼女はおそらく、今晩眠っている間にも消えてしまうのではないかと不安なのだ。

「……せやな、こっちきぃ」

 名前を自分のベッドに寝かせ、その隣にそっと横になる。
 俺の胸に顔を埋めた名前は安心したように眼を閉じた。
 もしもお前が消えそうになったら、きっと俺が止めたるから。
 そう思いながらも、何故かあるはずのない名前の体温がひどく心地良くて、次第に眠気が誘われる。
 そうして知らない間に、俺は意識を手放していた。



 翌朝目を覚ますと、名前の姿はどこにも無くなっていた。
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