Candytuft



「あっ!おおは、おはよう!奥村くん!」
「苗字さん。おはようございます」

 学園の昇降口で顔を真っ赤にさせながら慌てた様子を見せるのはクラスメイトの苗字名前さんだ。同じクラスとはいえ今までまともに会話をしたことがなかった彼女だが、先日ちょっとしたことでやりとりをしてからこうして挨拶を交わすようになったのだ。

「今日も早いですね」
「あ……うん。中庭のイベリスさんが昨日から元気がなさそうで、お世話してたんだ」
「イベリス……? すみません、勉強不足で……どの花ですか?」
「あっ! そうだよね、ごめんね……! イベリスさんは、中庭の職員棟側に並んでる白いお花のことだよ」
「ああ、あれか。たしかにあそこは時間によって光の当たり方もまちまちですし、植物には少し酷かもしれませんね」

 僕のそんな返しに、うーん、そうなんだよね、と、難しい顔をして彼女は浅く何度も頷く。
 花に敬称をつけて話すところや植物に対して真摯な扱いをしているところを見ると、どうしてもあの少女が彷彿としてしまい思わず苦笑いを溢した。

「……あっ!それじゃあわたし、もう少し花壇の整備をしたいから行くね!」
「はい。また後で教室で」
「うん! またね!」

 そう言って笑顔で手を振る彼女の後ろ姿を見送る。小さな影がぱたぱたと駆けていく様を見届けたところで教室へ向かおうと思えば、今度は背後から鼻にかかった甲高い声が飛んできた。

「奥村くんおはよ〜」
「あ……おはようございます」

 そこにいたのは他クラスの女性。たしか入学式後に声をかけてきた人のうちの一人だ。廊下や食堂ですれ違うたびこうして話しかけられている。
 彼女は長い髪を指先でくるくると弄りながら不服そうに眉を潜めた。

「珍しいねぇ、奥村くんがあんなふうに女子と喋ってるの」
「……そうですか? 今だって女性と会話してますし、普通ですよ」
「うーん……アタシとの話とは違うっていうかぁ……うまいこと言えないけどぉ。あの子誰? もしかして彼女?」
「いえ、そんな。クラスメイトですよ」

 女性が僕のその答えに納得いかない様子でふぅん、と口を尖らせていると、不意に頭上から耳馴染みのある鐘の音が聞こえてきた。予鈴だ。

「……まぁいいや。じゃあねぇ、奥村くん」
「はい、では」

 ヒラヒラと手を振るその人を見送り僕も自身の教室へ向かい歩く。
 ……それにしても驚いた。まさかそんなことを言われるとは。実によく見ているのだな、と半ば感心する。僕が苗字さんを学園内の他の女性よりも興味を抱いていることは紛れもない事実だからだ。
 するとふと、背後から慌ただしく駆けてくる軽い足音が聞こえ思わずそちらを振り返る。あっ、と声を上げる苗字さんと目があった。

「奥村くん! さっきぶりだね」

 改めて彼女の顔を見てごくりと唾を飲み込む。やはり苗字さんの顔立ちは何度見ても────しえみさんに瓜二つなのだ。

「……苗字さん。お疲れ様です」
「えへへ……ありがとう。作業してたら予鈴が鳴って焦って走ってきちゃった」

 顔を真っ赤にしてぱたぱたと手で仰ぐ姿はまるきりしえみさんそのものだ。
 つぶらな瞳に丸い頬。艶めく濡羽色のストレートヘア以外全ての要素がに酷似している。髪型で印象が変わるとはいえ、入学当初から今までずっと気づかずにきたのが不思議な程だ。
 容姿だけではない。彼女の仕草、表情、声、話し方、それに植物が好きでよく世話をしているところも……もしやしえみさんが変装をしているのではないかと思ってしまうくらいだ。まあ、そんなことはまず有り得ないのだが。

「奥村くん……?」
「あっ……すみません、考え事を……」

 不意に呼びかけられ、はっと気がつく。話している最中に余所事だなんて失礼なことをしてしまった。
 ちらと苗字さんの顔を見れば、きょとんと首を傾げるその様子に吸い寄せられるみたいに目が離せなくなる。本当に……見れば見るほどよく似ている。

「…………苗字さん。もしかして、杜山しえみさんという方がご親戚の中にいらっしゃいますか?」
「もりやましえみさん……? ううん、たぶんいないと思う」
「そ……そうですよね。すみません、急に……忘れてください」

 そんなふうに言われ苗字さんが不思議そうにこちらを見つめるのが視界の端でわかったけれど、タイミングよく教室に到着したためこれ以上その話題が広がることはなかった。
 自分の席に着き、ふう、と息をひとつ吐く。
 苗字さんはしえみさんの親戚というわけではなかった。まあ、祓魔屋のことなども考えればその線は薄くはあったのだが。しかしだとすれば、彼女らは完全に他人の空似ということになる。この世に同じ顔の人間が3人いる、なんて話は聞いたことはあるけれど……。

「……そんなことが本当にありえるなんてな…………」

 口の中の呟きは同時に鳴り響いた本鈴に溶け、今日もいつも通りの学園生活が始まるのだった。

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