Golden Poppy



 初めの印象は“学年で一番賢い人”だった。


「は〜〜っ……今日の奥村くんもかっこよかった〜!ねえ、名前ちゃん!」
「へ?」

 わたしが窓際の鉢に水やりをしていると、不意に同室の山田さんに名前を呼ばれた。
 いけない、お花に集中していて話を聞いていなかった。正直にそう謝れば、相変わらずぼんやりしてるんだから、とため息を吐かれてしまった。

「奥村くんの話!」
「奥村くん……って、わたしと同じクラスの?」
「そう!かっこいいよねって」
「えっと……入試で一番だったんだよね。すごいなぁ、結構難しかったのに」

 入学式での彼の代表演説を思い出しながらそう言えば、山田さんは納得がいかないように眉間に皺を寄せてじっとりとわたしを見つめた。

「えっ、ど、どうしたの?」
「それだけなの?」
「え?」
「かっこいいとか、好きとか!そういうふうに思わないの?!」
「ええ……?」

 同じ特進A組の奥村雪男くんは、男女問わず皆から一目置かれる秀才だ。
 とはいえ落ち着いているから特に目立つというわけでもないし(目立つというなら同じくクラスメイトの勝呂竜士くんの方がそうだと思う)わたし自身が恋愛とかに疎いものだから、そんなふうに意識をしたことがなかった。
 ついこの間まで中学生だったというのに、学年の女の子たちは皆が口を揃えて恋の話をしているのだから、大人だなあ、なんて思う。昔から「ぼんやりしている」と言われることの多かったわたしは、皆みたいに恋愛できるようなところにはまだのだ。

「す……好きとか、そういうの、まだあんまりわからなくって。奥村くんとは同じクラスだけどまともに喋ったこともないし……」


 ──そう思っていたのだけど。



「あっ!」
「え?」

 思わず小さく上げた声に、奥村くんがはっとこちらに顔を向ける。しまった、うっかり声に出てしまった。
 というか、昨日山田さんにあんなことを言われたからか、今まで気にしたことのなかった奥村くんにやけに目を引かれる。
 雪みたいに透き通った白い肌(ほくろは多いけれど……)、長い睫毛、傷みを感じないストレートの黒髪。たしかに、よく見ると随分と整った容姿をしている。

「あの……?」
「あっ!え、えと、急に話しかけてごめんなさい。それ、押し花だよね」

 そう言って指を差したのは奥村くんのペンケースの上に置かれた栞だ。オフホワイトのレースの上に鮮やかなオレンジ色のハナビシソウが置かれている、少しかわいらしい感じのものだった。

「あぁ……はい、知人にいただいて」
「そうなんだぁ、素敵だね。クローバーとかはよく見かけるけど、ハナビシソウを使うのって少し珍しいよね」

 そう伝えれば、ふとわたしの顔を見つめた奥村くんが驚いたように目を見開いた。なんだろう、何かおかしなことでも言っちゃったかな。
 そんなふうに思ったことが顔に表れていたのか、すぐにはっと気がついた奥村くんは眼鏡の奥でニコリと目を細めた。

「いえ。花、詳しいんですね」
「うん、お父さんとお母さんがお花が大好きでね、植物園とかフラワーショップを経営してるんだ」
「へえ、それはすごい」

 素敵ですね、と微笑んだ奥村くんの瞳にどきりと心臓が跳ねた。昨日山田さんに言われた言葉が頭の中でリフレインするものだから、違う、そういうんじゃないの、とそれを必死で打ち消す。
 恋愛の好きとかがよくわからないのは本当だけれど、初めてきちんとお話した奥村くんは落ち着いていて大人で、かっこいいなあなんて思って純粋に憧れた。

 これがわたしと奥村くんの始まりだった。

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