Acerola
ガヤガヤと賑わう食堂でカトラリーを口元に運ぶ。いつも美味しい学食だけれど、今日は味がわからない。
それもそのはず、わたしは今奥村くんと向かい合う形で昼食を摂っているのだから。
どうして、こんな状況になっちゃったんだっけ……。
わたしは目紛しく回る頭を必死に落ち着かせながら、お昼休みに入って少しした頃のことを思い起こした──。
「うわぁ、もう人がいっぱい……」
学食のトレーを持って独り言ちた。
授業終わりに先生の手伝いをしていて食堂に来るのが少し遅れてしまったせいか、見る限り全ての席が埋まってしまっている。
食べられる場所あるかなぁ。そう思って綺麗に装われた料理を崩してしまわないよう気をつけながら食堂を歩いていれば、ようやく空いている椅子を見かけた。
「あっ!」
よかった。前の席は誰かが使っているようだけど、相席させてもらおう。そんなふうに思って近くまで歩いたところではたと足を止めた。
前の席に座っていたのは奥村くんだったのだ。
「……あぁ、苗字さん。奇遇ですね」
「あっ! う、うん、食堂で会うの初めてだね」
ふとわたしに気づいた奥村くんは食事の手を止めてこちらに顔を向けた。
奥村くんと話すようになって早1ヶ月ほどが経つけれど、わたしは彼と顔を合わせるたびに緊張で胸が高鳴って止まらない。今も顔とか赤くなっちゃってないかな。昔から若干赤面症のきらいがあるのだ。
「あ……この時間だと席ほとんど空いてませんよね。ここでよかったら使いますか?」
「へっ?! い、いやでも悪いよ……!」
「僕なら何も。むしろ迷惑でしたら却って申し訳ないですけど……」
「め、迷惑だなんてそんなはずないよ!! …………そ、その……それじゃあ、ここに座らせてもらってもいいかな……? 他に空いてる席見つけられなかったの」
「えぇ、もちろん。どうぞ」
恐る恐る確認すれば、にこやかに快諾してくれた。場所がなくて困ってることにもすぐ気がついてくれたし、奥村くん、やっぱり優しいなぁ。
奥村くんの向かい側にトレーを置いて腰掛ける。
いざ座ってみて初めて気付いたけれど、向き合う形の席って近いし顔がよく見えるし思ってたより緊張する……!
何事もなかったように食事を再開する奥村くんに倣って、わたしも気が張って手が震えるのを誤魔化しながら料理を食べ始めた。
──そして冒頭に戻る、というわけだった。
とにかく食事を進めようとアセロラのサラダを口に運んでみたけれどやっぱり味が全然わからない。それに食べ方とか変じゃないかな……?!
逸る鼓動を落ち着けようと、何気なく料理の少し先に目をやった。
「……あっ。お、奥村くん、お弁当なんだね」
「えっ? あぁ……はい、そうなんです。兄が料理上手で」
「へぇ、お兄さんが……」
そういえば、前に学年の女の子たちが奥村くんのお兄さんが普通科にいるって話をしているのを聞いたことがある気がする。あんまり覚えてはいないけれど……。
「お料理ができるってすごいね」
「そうですね……僕には全然わからないものなので」
「お兄さんとは仲良しなの?」
「はい、それなりに……。……兄のことが気になりますか?」
「え?」
奥村くんの質問の意図がよくわからなくてつい聞き返してしまった。
気になりますかってどういうことだろう。お弁当を用意してくれるくらいだから、奥村くんはお兄さんと仲良しなのかなって思ったのだけど。
なんて返せばいいかわからなくて考えていたら、突然ハッとした奥村くんがすみません、と口を開いた。
「変なことを訊いてしまって……忘れてください」
「……ううん、大丈夫だよ」
返事を聞いて奥村くんは食事を再開させたから、わたしも再び料理に手をつけた。
奥村くん、お兄さんと何かあるのかな。
最近奥村くんと話すようになって少し仲良くなれたかなと思っていたけれど、まだまだわからないことばかりだ。
奥村くんのことが気になる。
奥村くんと仲良くなりたい。
わたし、奥村くんのこともっと知りたいなぁ、なんて、思うのだった。