晦の夜に(1/2)


 暗闇の中、茂みに身を隠してじっと様子を窺う。聳え立つ稲生ゆめタウンを見上げると、ギラギラと放たれる明かりが眩しくて目が眩んだ。
 ちらと門の前に立つ警備員を見やる。緑の軍服──あれはイルミナティのものらしい。

 ねむくんが憑依召喚したミケちゃんの話で、わたしたちは出雲ちゃんの過去やイルミナティがここ稲生ゆめタウンから地下に出入りしていること、そしておきつね横丁を利用して集団洗脳した一般市民を軟禁しているらしいことを知った。

 出雲ちゃんの壮絶な過去やイルミナティの悪事にひどく胸は痛むけれど、感傷に浸っている場合ではない。わたし達は敵のアジトと言えるこの場所を目前にして、電話でメフィストさんからの指示を仰ぐ雪男くんを待っていた。
 ふとこちらを見つめるしえみちゃんの視線に気がついて、どうしたの?と首を傾げた。何やらニコニコと頬が緩んでいる。

「あっ……ごめんなさい、こんな時に。名前ちゃんと勝呂くんが仲直りできたみたいでよかったなあって思ったの」
「へ?ば、バレてだんだ……恥ずかしい。わたしこそごめんね、変な心配かけちゃって」

 おきつね横丁に来るまで竜士くんに遠慮していたことはなるべく隠していたつもりだったけれど、そんなに態度に出ていたのだろうか。だとしたら皆を気まずい空気感に巻き込んでしまって、非常に申し訳ないことだ。
 しかししえみちゃんはそんなふうには思っていないようで、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んでくれている。わたしもそれにつられてつい口元が緩んだ。
 そうしてお互いにクスクスと笑い合っていれば、何やらえらく緊迫した様子で雪男くんが通話を終了させた。その雰囲気を見て大丈夫か、と声を掛けようと思ったところで、不意に背後からくぐもったミケちゃんの声が聞こえた。

「出雲が危ない」
「え……?!」
「……呼ばれている……手助けもここ迄だ。急げ!」

 口早くそう伝えたミケちゃんを入れた狐の人形は、パンと乾いた音を弾かせて割れてしまった。どうやら人形うつわから出ていったらしい。ねむくんは壊れた人形をその場に置きながら「神木出雲に召喚されたんだろう」と説明した。

「召喚って……」
「つまり今、神木さんが戦うような状態にあるゆーことですか?」

 不安げな子猫丸くんの声にしんと静まり返る。
 眉間に皺を寄せしばらく考え込んでいた雪男くんは覚悟を決めたように顔をわたし達の方へ向け、徐に口を開いた。

「……皆さん、応援が来ることを信じて正面入口から突入します。覚悟はいいですか?」

 応援が来ることを"信じて"……つまり、確定ではないらしい。雪男くんがメフィストさんと一体どんな通話をしていたのかはわからないけれど、最前線に応援を送ることを確約できないほどに支部は未だ困窮しているのだろうか。
 息を飲んでこくりと頷けば、皆とそれが揃った。気持ちは同じだ。

「先に数名で警備員を退けましょう。では僕と……」
「俺が行く!」

 指示を出そうとした雪男くんの言葉を遮って燐くんが自身を親指で差した。それに続いてクロちゃんがにゃーんと楽しげに鳴く。

「クロも行くって」
「……わかりました。できればあと1人ほど頼みたいのですが」
「ほな俺が行きます。こういう時のバズーカやさかい、さすがにここで発射はできひんけど全員殴り倒したるわ」

 それってバズーカの正しい使い方なんだろうか、なんて喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 残りのメンバーはわたし含め直接戦闘には向いていないタイプだし、この3人(と1匹)が出向いてくれるのは非常に心強い。

「時間も惜しい。早速突入しましょう」
「おう!」

 雪男くんが動きの流れをいくつか指示した後、先陣を切って飛び出したのは燐くんだ。その後ろをクロちゃんと雪男くん、竜士くんが続いていくのを残ったわたし達は草むらからじっと見守った。
 警備員が何やら声を荒げるのを無視してクロちゃんは巨大化し、燐くんは剣を鞘から引き抜く。その身体を青い炎が纏った。なるほど、あれがしえみちゃんの話していた魔神サタンの力か。
 わたしの場合は人間とゴーストを切り替えることはできなかったけれど、燐くんにそれが可能なのは血筋の濃さとかの問題なのだろうか。
 そんなふうに考えている間にも皆それぞれのやり方で軽々と警備員を伸していき、あっという間に道を開けてしまった。

 よくよく考えてみれば、授業で実技をすることもあるとはいえこうやってきちんと皆の戦闘における立ち振る舞いを見るのは初めてだ。出雲ちゃんを連れ去っていってしまうようなイルミナティだからきっと弱くはないはずなのに、さくさくとこなしていくその様に素直に感心した。
候補生エクスワイア認定で希望称号マイスターを決める際、わたしはわたしにできることが何かを考えた末に医工騎士ドクターを志すことにした。だから救助などのサポートはできるけれど、闘う術は特に持ち合わせていないのだ。
 それを少し不安に思っていたけれど、わたしがサポートを得意とするように、戦闘に長けた人だっている。
 塾の授業でよく言われる「祓魔師エクソシストは協力し合うもの」という言葉を思い出し、改めてその意味を理解した。
 よし、と1人意気込む。皆の役に立てるため、精一杯サポートができるように頑張ろう。
 しえみちゃん達に続いて草むらを抜け、わたし達は稲生ゆめタウンの中へ足を踏み入れた。



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