晦の夜に(2/2)


 いなり、いなり、ゆめのくに。
 あかるいみらいの、ユートピア。

 軽快なリズムと共にコーラス隊らしき音声が館内に響き渡る。目の前には「ようこそゆめタウン稲生」と大きく掲げられていて、至るところに狐のオブジェが飾られている。
 わたし達が突入した稲生ゆめタウンは──

「ショッピングモール……!?」

 ──どこからどう見ても、よくある複合商業施設そのものだった。

 それだけではない。わたし達以外、誰もいないのだ。
 皆呆然として辺りを見渡す。

「誰もいないね……」
「……さっきバスに乗ってた人達もほんまにここに居るんか?敵どころか人っ子一人おらへん……」
「いや、居る」

 額の2箇所から青い炎を出したままの燐くんがそう言って眉間に皺を寄せる。その首筋を汗がたらりと一筋伝った。

「なんか居る。油断すんな」
「何か感じるの?」
「ゾワゾワする」
「全部飾りフェイクなんかもしれませんね……」

 不安げな子猫丸くんが指すのはこのおかしな内装のことだ。
 どこから見ても本物と大差ないとはいえ、この現状ではおそらく彼の考察が正しいのだろう。
 すると雪男くんが「皆さん冷静に」と一同を制し、さらに話を続けた。

「正面切って入った以上、敵は必ず現れます。なるべく離ればなれにならないように地下への入口を探しましょう」

 そう言って先陣を切った雪男くんの後を燐くん、しえみちゃんが追いかけた。
 「離ればなれにならないように」と言っても全員がこの広い建物で纏って動くのはさすがに効率が悪すぎる。わたしは竜士くんや子猫丸くんと、雪男くんが向かったのと離れすぎない別の場所を探して回ることにした。

「本当にただのショッピングモールみたい……。地下への入口ってどういうのなのかな」
「これだけ内装を飾り立てて誤魔化してますし、地下扉みたいなんがあるんかもしれませんね」
「普通に考えたら階段とかそないなんがあるんやろうけどな」
「階段か〜」

 2人の言葉にぐるりとフロアを見回した。吹き抜けで上階まで繋がるエスカレーターが見えるけれど、それもこの階までだから地下には行けそうにないし。
 そこでふと、エレベーターが目についた。

「エレベーターで地下に行けたりしないのかな?……あ、でも下は1階までしか表記がないや」
「いや、外面では1階までやけど実際に乗ったらそれより下があるかもしれん。扉開けて確認して────」

 扉を開けるためボタンを押そうとした瞬間、どこか近くから2発の銃声が鳴り響いた。
 何があったのだろうか。わたし達は一瞬お互いの顔を見合わせ、急いで音が聞こえた雪男くん達のいる方へ向かった。

「どうしたの!?」

 駆けつけると雪男くん達が立つ少し先に誰か人が撃たれて倒れていることに気がついた。まさかイルミナティが、とも思ったけれど、よくよく見てみればその人は身体中のあちこちが壊死している……悪魔だ。

グール……!?」
「いえ……言葉を発したので、屍人ゾンビの可能性が高い」

 神妙な表情で雪男くんがそう教えてくれた。
 聖銀製武器や強力な火器での致死量の攻撃、致死節の詠唱などが祓魔方法として挙げられるグールに比べ、屍人ゾンビは武器や強力な火器での脳幹破壊でしか倒すことができない。その上食人性があり攻撃的だ。
 ただでさえ扱いづらい相手だが、一番の理由は別にある。ちょうど先日授業で習ったはずのこのことを知らないらしい燐くんに雪男くんは倒れた屍人ゾンビを見つめながら説明していた。

「……そもそも発生条件が違う。グールは人間の死体に憑依するなのに対して、屍人ゾンビは悪魔に寄生されて肉体が壊死してしまったなんだ」
「人間……。じゃ……じゃあ、その寄生した悪魔を祓えば助けられたんじゃないのか!?」
「ここまで肉体が壊死してしまって人間性を取り戻せた例はない。即死させる事がせめてもの救済だ」

 それを聞いた燐くんは悔しそうに眉根を寄せて押し黙る。
 そこでふと子猫丸くんが屍人ゾンビのそばに屈み込んでその胸元に取り付けられたプレートを読み上げた。

「『"Experiment body実験体" No.6411』。一体何の実験体なんでしょう……」

 そこまで言いかけた子猫丸くんを遠巻きに見ていれば、はっと目を見張った。
 動かないはずの屍人ゾンビが突然子猫丸くんの腕を掴み、何やら怒鳴るように奇声を発したのだ。

「うゎあァ!?」

 咄嗟に雪男くんが再び銃を撃ち放すと、顔が半分潰れた屍人ゾンビは今度こそその場に倒れ込んだ。一体どういうことだろう、脳幹を破壊し損なっていたのだろうか……?
 子猫丸くんは恐怖で身体を震わせているけれど怪我などはないようで、一先ず安心した。
 しかしそれも束の間、しえみちゃんが緊迫した様子で皆を呼びかけたのにはっと顔を向けた。似たような屍人ゾンビが何体もこちらに向かって歩いてきているのだ。

「これみんな屍人ゾンビ……?!」
「い……いつの間にこんなに……!」
「お……奥村先生……!」

 今度は子猫丸くんの呼びかけに、向かってくる屍人ゾンビの群れに注意しつつも彼の視線の先を目で追えば、今し方確実に仕留めたはずの屍人ゾンビが、ゆるりと半身を起こしてみせたのだ。

「どうなってる……!?」
「ア゛オオ゛オ゛ッ ア゛ァ゛!!ニ゛グに゛く」
「ひ……っ!」

 そのまま立ち上がった屍人ゾンビがこちらに襲いかかってきたものだから思わず身を縮こませると、隣にいた竜士くんが庇うように肩を掴んで引き寄せてくれた。それにはっとして、冷静さを取り戻そうと息を吐いた。焦っちゃだめだ、落ち着かないと。

 「囲まれる前に地下への入口を見つけないと」という雪男くんの指示にわたし達はモール中を駆け回った。
 背後からやってくる屍人ゾンビから逃げるように進めば、次は正面からやってくる。それも避けて走れば、今度は別の通路からもやってくるのだ。一体、この建物内に何体の屍人ゾンビがいるというのだろうか。

「アカン、もうどこも囲まれとる!凄い数や……!」
「こっちもダメだ!」

 地下への入口を見つけられないままわたし達が辿り着いたのはフロア中央の広場で、その周りをぐるりと取り囲むように屍人ゾンビ達はすぐそこまで迫ってきていた。

「道を切り開くしかない」
「俺のバズーカで一発ブチかましたらどうやろか?」
「中途半端な火力攻撃は止めた方がええと思いますよ!即死させられへんと逆に火達磨に襲われることになる……奥村くんの炎やったら即、灰に出来るかもしれんけど」
「…………俺は……」

 燐くんは眉根を寄せて押し黙る。
屍人ゾンビはこうしてわたし達を襲ってくるとはいえ、元は人間なのだ。攻撃を躊躇する燐くんの気持ちも理解できる。だけど雪男くんがさっき言っていた通りこの屍人ゾンビ達を元に戻すことは不可能なわけで、このままではわたし達の身が危険に曝されてしまう。一体どうしたものだろうか。

「…………っあ?!」

 ふと、ガクンとただならない不快な浮遊感に襲われた。
 どういうわけか、突然足元の床が消失したのだ。

「うわあああ!?」

 わたし達は皆為す術もなく真っ逆さまに落っこちた。
 消えた床の下は漏斗のように円錐状になっていて、滑り台を滑るように中央の穴に向かっていく。

「どう、なっとるんやコレ!?」
「きゃあああ!!」
「しえみちゃ、ひゃあっ!?」

 吸い込まれるように穴へ入っていったしえみちゃんの身を案じた刹那、わたしも抵抗すらできずに同じ穴へ滑り込んだ。
 真っ暗な筒の中をひたすら降り続ける。
 わたしは一体、どこへ向かっているのだろうか。



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