アンダンテ・ドラマ(3/3)
「で……判ったのはおきつね横丁のめしがうめえって事だけじゃね!?」
「そりゃお前だけや!」
未だに両手に食べ物を抱えながらもぐもぐと頬張る燐くんに、空かさず竜士くんが突っ込みを入れる。
空が紅くなり始めた頃、雪男くんから招集をかけられたわたし達
「……観光客は何度も来とるリピーターが多い印象でしたわ」
「年齢層も疎らだし、カップルもいれば家族連れもいて、客層の偏りは特にないみたい」
「……それと大社より食べ物に夢中みたいだったね」
「確かに大社の人出は割と普通でした」
つまり、様々な層の観光客がおきつね横丁の食べ物を求めて何度も訪れていることがわかったというわけだ。といっても、こんな結果は大抵の観光地に当てはまりそうな気がするけど。
「そこで"ユメタウン稲生"という集合住宅の話を耳にしたんですが……」
「集合住宅?」
「それ、僕も聞きました。大社の真となりの
そう言って子猫丸くんが指差す方向を目で追った。
そこには狐のオブジェが屋根上に沢山並べられた、かなり巨大な建物があるではないか。
「なんやあれ!?」
「……皆こぞってあそこに入居したがっているようでした」
「そこまでして
「ご飯が美味しいからって、そこまで……?!」
「それなんですけど、さっき案内所でもろてきた観光マップの発行元が……」
そこまで言いかけて、子猫丸くんはバッグの中から冊子を皆に見せるようにして取り出した。
「"いなり光明財団"! えらい"
「! まさか……」
「判らない事は
突如聞こえてきた太く渋い声に咄嗟にそちらを振り向くと、到着直後から別行動をしていたはずのねむくんが彼の身長の半分程の大きさのある人形を片手に立ち尽くしていた。その反対の手にはもちろんいつものパペットが携えられている。
「宝くん!今までどこへ?!」
「なかなかいい
「はい!?」
普段通り顔色ひとつ変えずに両の瞼を閉じたまま雪男くんに手渡したのは領収書だ。それにしても、こんな風によく喋るねむくんも平静を失って驚いた様子を見せる雪男くんも珍しくて思わず目を見張った。経費でそんなにも高額な人形を買って、一体どうするつもりなのだろう。
そう思ったのも束の間、祝詞を唱え始めたねむくんを中心に微弱な風が吹き抜けた。
「"宇迦之御魂神に恐み恐み白す。この地と神木出雲に縁ある者を御遣わし給え"」
「……!」
はっと息を飲んだ。出雲ちゃんがいつもウケちゃんやミケちゃんを呼び出す時と同じフレーズがあった。ねむくんは、きっとあの人形にウケちゃんがミケちゃんのどちらかを憑依召喚するつもりなのだ。
すると次の瞬間、目を瞑っていたはずの人形が生命を宿したかのようにぎょろりと瞳を覗かせた。
『如何にも我は宇迦之御魂神の神使!八番位のミケ狐神である……!』
「ミケちゃん……!」
「貴様は神木出雲の使い魔だったな」
わたしや他の皆の驚きをよそに、ねむくんはさくさくと話を進めていく。
右手のパペットと左手の人形で会話をさせるものだから、なんだか人形劇でも見ているみたいだ。
「この土地と神木出雲について全て話せ!」
『我があの未熟者の小娘の使い魔だと!?愚弄するにも程があるぞ!第一、汝らになんの関わりがある!』
「出雲ちゃんは私達の友達です」
『!』
間髪入れずに言い放ったしえみちゃんの言葉に、ミケちゃんは面食らったように目を見開いてみせた。わたしもそれに続いて声を上げる。
「お願い、ミケちゃん!わたし達、出雲ちゃんを救けたいの……!」
「この土地に俺達の敵がいる。神木出雲はどう関わってるんだ!話すのか、話さねぇのか。嫌なら他を当たるまでだ」
少し脅迫めいたねむくんの言葉にため息を吐いたミケちゃんは観念した様子で小さく口を開いた。
『よかろう……この地とあの娘を語ろう』
話を聞くために竜士くんがその場に座り込んだので、わたしもその隣に腰を下ろした。
『なに、昔々というほどは遡らぬ。事の始まりは五年前……! ほんの五年前までは、ここ稲生は清浄の地であったのだ! 十一歳の神木家の娘……出雲と、この地に起きた話なり』
これで出雲ちゃんを救け出すヒントに繋がるかもしれない。
わたしはごくりと固唾を呑んだ。