堕ちた先の世界 [ 24 ]
ルーシィは、獅子宮の星霊と共に地下から上がる階段を全速力で駆け上がっていた。
皆に脱出したことが見つかれば、止められる。でもここからの出口は一つしかない。
扉の向こう。光が差した後、ルーシィは警戒して身構えた。
庇うように獅子宮の星霊がルーシィの前に立つ。
しかし、光の向こうには想像できずにいた光景が広がっていた。
「…な、なに、これ…。ロキ?どうゆうこと?」
「さ、さぁ…僕にもわからない…」
今の状況を忘れてしまいそうになるほど、ギルドが活気で溢れていた。
宴の準備なのか、次々に料理や飲み物が運ばれていく。
その光景を呆然と眺めていると、二人の存在に気付いたエルザが異様な殺気を撒き散らしながら近付いてきた。
反射的に怯えて身構える二人。
しかし、エルザの無言の襲撃を受けたのは獅子宮の星霊だけだった。
「…がはっ!?」
「遅いぞロキ!!なぜもっと早くルーシィを助けに行かない!?」
「え?エルザ!?どうゆうこと!?」
「ルーシィすまない。もっと早く、ロキが助けに行くと思っていたんだが。これ、返すぞ。」
そう言って渡された星霊の鍵束。
それを見た獅子宮の星霊は、力なく壁に身を預けた。
「……探しても見つからないと思ったら、エルザが持ってたんだね。」
「他の鍵がなくても、お前がいれば脱出できるだろ?」
「そうだけど…ん?…ま…まままさか、僕とルーシィを再契約させるためにルーシィを閉じ込めてたの!?」
「マスターも他の魔導士への体裁のためにしばらくここで反省させる形を取ったが、ルーシィを咎める気持ちはないんだ。」
「…え!?」
「もっと早く牢から出したかったんだが……遅いぞロキ!」
「はは……そ、そうゆうことだったんだね……、ほんと、申し訳ない。」
壁に身を預けたまま苦笑いと共に軽く片手を上げて謝る獅子宮の星霊。
その様子とエルザを交互にオロオロと見比べながら、ルーシィは口を開いた。
「私、勝手にギルドを飛び出して、グレイとジュビアに攻撃したんだよ!」
「それは全てナツのためにやったことだろ?本当は思い切り叱るつもりだったんだがな…リサーナからナツの様子を聞いて、考え直したんだ。」
「……」
「ナツのことを思えば、私達があのまま評議院に連れて行くよりルーシィがしたことの方が正しかったと思う。…叱られるのは私達の方だ。」
「そんなことない!そんなこと……」
結局は、ナツを危険に晒してしまった。ナツが帰れと言わなければ、あのままずっとナツと二人で悲しい現実から逃げていたかった。
褒められるようなことをしたつもりはない。
ナツが傍にいれば、それでいいと思っていた。
「ルーシィはナツのことが好きか?」
「え?……う…、うん。」
「愛しているのか?」
「あ、あああ愛!?…っ…う、うん、…そ…そうだと…思う。」
「ならば、後悔することはない。ルーシィの行動は正しかった。それでナツも救われたのだから。」
そう言って、エルザは優しく微笑む。
獅子宮の星霊を見ると、獅子宮の星霊もまた、エルザの言葉に同意するように微笑んでいた。
何か言わなければ、そう思いながらも何も言葉が出てこない。
胸がいっぱいで、ルーシィは俯いた。
「で、エルザ…これは一体?さっきのグレイの連絡は……まさかそれも?」
「ん?あぁ。それはもう大丈夫だ、今から戻ると連絡が来た。ナツも無事だ。」
その言葉に、獅子宮の星霊は今度こそ気が抜けたとでもいうように、体をずるずると床へ滑らしていく。
「二人とも出てくるのが遅いから先に準備を進めてるぞ。」
「準備って何の?」
「ナツを送る準備だ。」
「…送る?」
「そうだ。ナツのための…フェアリーテイル式壮行会だ。」
フェアリーテイル式壮行会。
今まで何度か見てきた、ギルドから離れる者を激励する、フェアリーテイル式の友を送る方法。
(それをナツのために…、行うときが来るなんて…)
今まで色々な壮行会を見てきたが、ここでいつものように宴会をする雰囲気に、ルーシィはせつなく胸が痛みだす。
何かあれば宴だと言って盛り上がるフェアリーテイルの中で、ナツはいつも楽しそうにはしゃいでいた。
もうずっと見ていない、心底楽しそうに笑う、ナツの笑顔を思い出した。
それから数刻後。
待ち望んだ者達がボロボロになって帰ってきた。
ナツを肩に抱えて歩くグレイがここに足を踏み入れた瞬間。
ルーシィは戻ってきた者と待っていた者が喜び合い一斉に馬鹿騒ぎを始める様子を遠い壁際から見ていた。
すぐさま、ミラジェーンがナツにいつものファイア系の料理を運ぶ。
魔力を消費し、疲れた様子のナツの目が輝く。料理にがっつく。
ここを出て行った時とは違う、ナツの目の色、昔のように料理を食べ散らかす姿を見て、皆の馬鹿騒ぎが加速していく。
幾人かが目尻の涙をそっと隠すように拭き取るのが見えた。
でも、これは壮行会だ。
でも、いつものフェアリーテイルだ。
いつもの、すぐに何かあれば始まる宴会で、楽しそうに大騒ぎして。
これは皆が待ち望んでいた宴。
皆がナツの帰還を喜んでいた。
その光景を見ると、胸が、痛い。
(私は…皆と同じように笑える?)
皆と同じように、いつものギルドで、笑顔でナツを送り出すべきだと思う。
でも、上手く笑えない気がする。だから、騒ぎの中心に入ることはできず、ルーシィはそのまま壁際で立ち止まっていた。
獅子宮の星霊だけが、ルーシィの傍らに残っている。
「ルーシィ、行かないの?」
「もうちょっと…もうちょっとだけこのまま……」
「……」
「ロキ、気にしないで行って。私も後で行くから。」
その言葉に獅子宮の星霊は頷き、騒ぎの元へ向かっていく。
ルーシィは、その後ろ姿を見送った。
一度は帰らないと決めた場所。大好きだったフェアリーテイル。活気に溢れた賑やかな空間。
色々な仕事をしても、何度もここを思い出した。
似た場所はあっても、ここ以上の場所はなかった。
今、その大好きな場所にいるんだ。
だから、大丈夫だ。
ルーシィは覚悟を決めるように気合いを入れて、駆け出した。
「ナツ!!」
「……ルーシィ!」
ルーシィがナツに駆け寄ると、気を利かせたのか周りにいた者達がすっと離れていく。
ナツはファイアパスタを巻きつけていたフォークをガチャンと音を立ててテーブルに押し付け、立ち上がった。
「あのね、ナツ、わ、私…」
「ルーシィ…」
何かを言おうとするルーシィの肩を抱くナツ。周りから、オオッと歓声が上がった。
「ちょっと…ナ、ナツ!?」
「ありがとな、ルーシィ。」
「え?」
「ルーシィがいてくれてよかった。ルーシィがいなかったら……」
「…え?なに?」
ルーシィは尻すぼみになったナツの言葉が聞き取れず、聞き返す。
ナツは、ルーシィの肩に手を置いて勢い良く体を放した。
目が至近距離で合う。
「何度ももうだめだと思った時に、ルーシィが助けてくれた。」
「……」
「ルーシィと別れた後も、やばかったんだ。でもそれも…ルーシィが止めてくれた気がする。」
「…私、ずっとここにいたよ?」
「あぁ知ってる。でもそんな気がした。ルーシィが止めにきてくれたんだ。」
「……」
「…あの料理、なんだっけ…ボトルと…ハナマルサンド?」
「……ポトフとハムカツサンド。」
「そう、それ!…あれうまかった!またいつか食いてーな。」
「…ふーん…私の料理は当たり外れがあるのに?…それは当たりだったんだ?」
「…へ!?な、なん…で…」
「隠れて捨てたりしたら承知しないわよ?」
「…し…しねーよ!」
ナツは動揺を隠せずに、後ずさりしながら慌てて答える。
そんなナツを見て、ルーシィは自然と笑みがこぼれた。
(あぁ、よかった。ちゃんと笑えた…)
「…ナツ。」
「なんだよ。」
今のナツは、呼んだら返事を返してくれる。ずっと聞きたかった声を聞くことができる。当たり前のように。
「ナツ。」
「だから、なん…」
「私、待ってるから。」
「……」
「何年経っても、ずっと待ってる。」
「…だめだ。」
「…は?なんでよ。」
「どんぐらいで出てこれるか、わかんねぇし。」
「うん、でも待ってる。」
「だから、だめだ!」
「なんでよ!?」
「もし、ルーシィが、ばーちゃんになっても出てこなかったらどうすんだよ!」
「それでもいい!待ってる!」
「っ!?…だめだ!!」
「待ってる!決めたの!なによ!責任とってくれるんでしょ!?」
そう言って包帯がまかれた両腕をナツの目の前に差し出した。ナツが苦しそうに眉間に皺を寄せる。
「それは出てこれたらの話だ!ルーシィがその火傷跡のせいで幸せになってなかったらの話だ!」
「なによそれ!また勝手なことばっかり!」
「勝手に待つとか言ってんのはルーシィだろ!?」
「だって私、約束したでしょ!?…ずっと傍にいるって!だから待ってる!ずっと!……ずっと、だって私ずっと!自分で気づかなかったけど……」
「……あ?」
「ずっと前から、ナツのことが…好きだったんだから!」
いつのまにかしんと静まり返っていたギルドに自分の声が響き渡った。
ナツを見れば、驚いた表情で目を見開いている。口も半分開いたまま固まっている。
そんなナツの間が抜けた顔に、思わず吹き出しそうになった、その時。
ナツの口許が弧を描いた。いつか見た、前によく見た、満面の笑み。
その笑顔のまま、ナツはうれしそうに、先程のルーシィに負けないくらい大きな声で応えた。
「オレもだ!…オレもずっと前から、ルーシィが、大好きだ!」
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