堕ちた先の世界 [ 23 ]

楽しかった記憶が蘇る。
青い猫と一緒にこっそり侵入して、イタズラの準備を始める。
少女の反応が楽しみで。それが日課になっていた頃があった。


≪ナツー、隠れて驚かす作戦はもう使えないよ!隠れられるところはもう全部使っちゃったもん。≫

≪んーーー…≫

≪ルーシィも最近は帰ってきたら警戒してあちこち探し回るし。同じところに隠れても見つかっちゃうよ。≫

≪いや…風呂はどうだ!?あいつ帰ってきたらすぐ風呂に入るしな…先にオレ達が風呂入ってて驚かすんだ!≫

≪…!さすがナツ!それなら絶対びっくりするね!≫


あの頃は、コロコロ変わる表情を見るのが楽しくて。
ルーシィがおもしろいから遊びに行くんだ、おもしろいからルーシィに構うんだと思っていた。
ずっと、近くにいすぎてわからなかった。
本当はずっと前からルーシィのことを――――


≪ねぇナツー。≫

≪あ?≫

≪お風呂に入っちゃった後で言うのも何だけど。……これってさすがにセクハラだと思うんだ。≫

≪……おー。今更だな。≫

≪でもルーシィだからいいよね!!……あ。≫

≪ん?どうした?≫

≪ナツ!ルーシィが出ろって怒ってもそのまま立ち上がったりしちゃだめだよ!?さすがにそれは――ゴッボ!?≫

≪ばっ!ばばばか!ささささすがにそこまではしねーよ!!……グレイの変態野郎じゃあるまいし!≫

≪ゴボ!……ゴボボボ……≫

≪…あ。わりぃ。≫

≪…ゲホッ!!ゴホ!……ナツのバカーーーー!!オイラ死んじゃうじゃんかーーー!≫

≪だ、だから、わりぃって…≫

≪オイラがいるからルーシィに悪戯してもタダの悪戯になるんだからね!何してもオイラが一緒にいるから!≫

≪…ん?≫

≪オイラがいなかったら今までの悪戯全部、ルーシィから見たらルーシィのこと……ゴボボ!?≫

≪ハッピーちょっと黙れ!…ルーシィが帰って来た音がした!≫

≪ゴボボボボ……≫


そうだな、ハッピーがいたから、ずっとあんな風に悪戯ができたんだ。
ハッピーがいたから、心のどこかで安心してた。
好きなときに会いに行って、好き勝手に悪戯して、おもしろいから…ハッピーもいるからいいだろって…。
でも、もうルーシィをからかう事もできない。
…ハッピーがいないと、上手く出来ない気がする。
いつもの調子を出そうとしても、いつもはここにハッピーがいたと思い出す。
それに、楽しみを共有できる相手がいないと、きっと、前のように楽しくない。

いや、もうあの家に、ルーシィに会いに行くことはできないかもしれないんだ。


―――ずっと傍にいるから!


あの言葉で気付いた。
ルーシィの気持ちがうれしくて。
でも、もっと早く気付いていれば。
ルーシィに会いに行って、いつもの悪戯じゃなくて……好きだって言いに―――











「ナツ起きろ!!勝手にくたばって…これで許されると思うなよ!」

「ナツ!しっかりして!せっかく皆の力で評議院を遠ざけたのに、こんな…」

「どいてろリサーナ!ひっぱたいて起こす!」
「グレイ!もうやめろ!それ以上やったら…」

「うるせぇっ…起きろ!!ナツ!!」

「ナツ!起きて!」


リサーナの声が、グレイの声が、すぐ近くで聞こえる。それにその後に続く聞き慣れた声の数々。
あの時、リサーナが来なければ…、ずっとルーシィと二人で逃げていたかもしれない。
ハッピーのことを伝えて、ルーシィをフェアリーテイルに帰す。そう思いながら、今が終わることを恐れていた。
ルーシィが言ってくれたように、このままずっと一緒にいたかった。


≪ナツ、評議院に見つかったらどうするの?私は…フェアリーテイルを守るためなら…≫

≪だめだ!リサーナにはミラとエルフマンがいるだろ?二人を悲しませるのか!?≫

≪でも私、ナツが好きだったものを守りたいの!評議院に早く行かなきゃ…このままじゃナツもフェアリーテイルも…≫

≪わかった、やり残したことが終わったら、評議院に行くためにフェアリーテイルに戻る。約束するから。今はギルドに戻ってくれ。≫

≪…本当に?絶対だよ?≫

≪おー絶対だ。…だから泣くなよ。あ、オレが泣かしてんのか…。≫

≪…ふふっ。待ってるからね。ナツ。フェアリーテイルで待ってるから!≫


そう言って、青い鳥になって飛び立つリサーナを見送った。
リサーナの涙を見て、リサーナより先に自分を追ってきたルーシィは、涙を流していなかったことに気付いた。











≪ナツ様。≫

≪!?……バルゴか?ルーシィは!?≫

≪姫は評議院の者に見つかった後…グレイ様とジュビア様と出会い、今は森の中に。≫

≪な…!?≫

≪ナツ様…どうか、姫を助けてください。姫は今、逃亡幇助の疑いで評議院に追われております。今は安全な場所におりますが…≫

≪それは…オレのせいか…≫

≪…姫がナツ様の元から去ったことをお許しください。姫のいる近くまで御連れいたします。どうか…姫を、よろしくお願いいたします。≫


深く頭を下げる星霊。
ルーシィに真実を伝えることを先送りにした罰だと思った。
少しでも長くこのまま、と自分の都合でルーシィの身を危険に晒していた。

ルーシィは悪くない。
ルーシィを、守らなければ。

でも、どうしてずっと傍にいると言いながら離れていったのか。
リサーナとは違い、いつも通りだったルーシィに違和感を感じた。


(…待ってろって言ったくせに。)


でも…ルーシィは非情なことをするやつじゃない。
可能性があるとすれば―――愛想を尽かされること。いつまで経っても何も喋らず、どこに行くかも言わず、彷徨うだけの自分に嫌気が差したのかもしれない。


(でも、ずっと一緒にいるって…約束だって…言ったくせに。)


後悔と焦燥感とは別の所で、憎しみに似た黒い感情がゆっくりと湧き上がっていった。

大切なものは、全て失ってしまう。

大切なものがない世界なら、どうなろうと、どうでもよくなった。
その感情のまま、全てを焼き払いたくなった。
ハッピーを失った時の様に。全てを無にしようと湧き上がる炎。
ルーシィと一緒に、このまま消えることが出来れば、もうルーシィが離れていくことはない。
ハッピーを消した炎で、ルーシィと一緒に消えることができれば、この苦しみから、少しは解放される気がした。

でも、うまくいかなかった。
ルーシィの温かい綺麗な涙が、湧き上がった黒い感情を、洗い流していく。


(…そうだ…ルーシィはいい奴なんだ。昔から変わらず……だから、オレは……)



「ナツ。一緒に、ハッピーを探しに行こう。」



そう呟きながら意識を手放したルーシィの体を両腕で抱くように支える。
ルーシィがここにきて初めて目にした涙と初めて口にしたハッピーの名前。
ルーシィの隠していた気持ちを知って、胸が激しく痛んだ。











―――ここまでだ。ありがとうな、ルーシィ。

これから先はもう逃げない、たとえ、大切なものが傍に無くても。

温かい思い出も辛い思い出も、全部ここにあって、今があるから。

今の自分の中には、今までもらってきた、たくさんのものがあるから。

イグニールがくれたものも、ハッピーがくれたものも、ギルドのみんな、それにルーシィがくれたものがあるから。

どんなに捨てても、ハッピーの思い出が残り続けたように。

これから先、時が経っても、世界がどんな風に変わっても、今までもらった、たくさんの温かい思い出は残り続ける。

だから、大丈夫だ。



勝手に流れ落ちていく涙がルーシィの額に落ちた。
その額に自分の額を重ね合わせる。
額から伝わるルーシィの温もりに引き寄せられるように目を閉じた。
残っていた涙が目尻からこぼれていく。



温かい。
忘れない。
ルーシィがくれたものは、全部忘れない。
ルーシィがオレと同じようにならないように、ハッピーを探しに行かないように。
真実を話して、ルーシィをフェアリーテイルに帰そう。
ルーシィには、ハッピーの分も、オレの分も、幸せに、いつものように、フェアリーテイルで、笑っていてほしい―――










「―――……げっほ、がはっ!」

「ナツ!!…起きたか!遅せぇんだよ!」


いくつもの歓喜の声が、耳にうるさく届く。
ゆっくり目を開けると、ぼやけた視界から徐々によく知るフェアリーテイルの仲間達の顔が見えてきた。
その後ろに広がる、青い空。




「……」

「…おい…ナツ?大丈夫か?」

「痛ぇ…」

「……あ?」

「てめぇ!グレイ!!痛ぇだろーが!」

「…あぁ!?お前、出て行くときに俺にどんだけやったか忘れたのか!殴り足りねぇぐらいだ!てかもっと殴らせろ!」

「ちょ…!ちょっと二人ともやめて!!」



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