堕ちた先の世界 [ 22 ]
「ルーシィ早く!お願いだから鍵を受け取って!」
獅子宮の星霊が、鉄格子の間から腕を入れて鍵を持つ手を伸ばす。
鉄格子がなければ、その鍵を無理にでも手に渡されていたかもしれない。
それほどの剣幕と切実な視線に。
ルーシィは戸惑い、目を瞬かせた。
「どうして?ロキは私のやり方に反対してたじゃない。」
「そうだけど…グレイから連絡が来たんだ、ナツがやばいから加勢に来てくれって!」
「!」
ルーシィは、その言葉に反射的に立ち上がる。しかし、その場でぴたりと立ち止まった。
もう自分が起こす行動に自信が持てない。
大切なものほど、守りたいものほど、守れなかった。
ナツも。
ハッピーも。
心に決めた約束も。
ナツを助けるんだと決意を胸に部屋を飛び出した時は、またここにナツとハッピーが遊びに来て、他愛もない話をして笑い合う日がくると信じていた。
がんばれば、叶うと思っていた。
でも、それは叶わない。
家に帰ってもナツとハッピーが揃って「おかえり」と言ってくれる日は二度と来ない。
今は、ナツが無事でいることを願う。でも、それ以上の先を、願うことが出来ない。
一番の願いを叶えられないのに、これから先、何を願えばいい?
必死に頑張っても、どんなに頑張っても駄目だったのに、これから先、どうやって頑張ればいい?
これから先の世界が、どんな風になっても。
過去の幸せを思い出すことがあっても。
ナツとハッピーがいない、この先の世界に。
何かを願うことも、必死になって何かを頑張ることも、もう出来ない。
これ以上願っても、頑張っても、もう一度は、永遠に来ないから。
「ごめんロキ…私は行けない!」
「…ルーシィ…」
「私は、ここにいるべきなんだと思う!ナツは私がフェアリーテイルにいたらがんばれるって言ってたの…だ、だから…」
「このままここにいて、ナツに会えなくなってしまってもいいの!?」
「…で、でも…」
「罪を償う機会が与えられるならナツは評議院に行くべきなんだ!どんな理由があっても暴走して街を混乱させた、仲間を傷つけたことは目を瞑って許されることじゃない!」
「わかってる…わかってるよ、でも……」
「そうじゃないと街の人達や評議院も納得しない!それに、ナツのためにもならないんだ!」
「…わかってる!わかってるよ、でもそれでも、私はあのままのナツを放っておけなかったの!」
獅子宮の星霊は、ルーシィを見ながら苦しそうに顔を歪ませた。
ナツならルーシィを笑顔にできると思っていたから。
だから、行かせたのに。
余計にルーシィを苦しめることになった?
ナツの所に行かせたのは間違いだった?
別れが来る前に…少しでも二人にさせるべきだと思った。
ルーシィのためにも。ナツのためにも。
長い間、二人が想い合っていたのを知っていたから。
「…ルーシィ。僕達はギルドに戻る途中のリサーナに会ったんだ。」
「え?」
「ナツが、以前のような塞ぎこむような目をしていなかった、約束を守ってくれると信じられたってリサーナから聞いたよ…」
「リサーナが…」
「僕らはそれを知って、ギルドに戻った。」
「…え?」
「今のナツなら何があってもルーシィを守る、絶対、ルーシィと一緒にギルドに戻ってくるはずだって信じた。」
「………」
「皆が何を言っても、何をしてもダメだったナツをルーシィは変えた、だからもう大丈夫だって思ったんだ!!」
零れる涙が、ルーシィの頬を伝う。
ルーシィはナツのことを思い出す。
ナツを守りたかった。
けれど、守られたのは自分だった。
帰れと、鋭い視線を送られた。あの目を、忘れることが出来ない。
「ルーシィがいなかったらナツはずっと塞ぎ込んだままだったと思う!」
「………」
「僕は…僕らがしようとしたことより、ルーシィがしたことの方が正しかったって思いたくなったんだ!」
その言葉に。
心が、ぐらりと揺らぐ。
でもこの先、ずっと会えなくなるのにもう一度会っても苦しくなるだけだ。
別れの言葉なんて、言いたくない。
聞きたくない。悲しい言葉は、これ以上いらない。これ以上苦しむのは嫌だ。
頑張っても駄目だった、これ以上頑張っても、もう駄目だってわかっているのに。
何のために、どうやって頑張ればいい?
もう、頑張りたくない。
これ以上苦しみたくない。
そっとしておいてほしい。
隔離されたこの空間で、じっとしていたい。
これから先、世界がどんな風に変わっても、どんな風に頑張っても、ルーシィの周りの世界には、ナツとハッピーがいない。
この先の世界にほしい未来はない。
ほしい未来は、一つだった。
「…ルーシィ!!」
「……ロ、キ…ご…ごめん、私は…」
「ルーシィは、ずっと頑張っていたハッピーにもできなかったことをしたんだ!だからっ…」
「!」
獅子宮の星霊が意図せずに出した青い猫の名前を聞いて、ルーシィは思い出した。ハッピーは、ずっと頑張っていた。
ずっとナツの側で笑っていた。いつか、終わりが来るのを知りながら。
青い猫のことを思い出してなのか、認めてくれた人がいたからなのか、わからない。
ただ、心の中が渦巻いて、胸が苦しい、涙が止まらなく伝う。
「僕は……この先ずっと後悔し続けるルーシィを見るのは嫌なんだ!ナツにはルーシィが必要だ、ルーシィにも…そうだろ!?」
「…っ…ロ…ロキ……」
「だから!ナツのためにもルーシィのためにも、これで最後にしちゃいけない!…ナツに会いに行こう!ルーシィ!」
「ロキ……あ、ありが…と…」
契約解除の時には言えなかった言葉を嗚咽交じりに言葉にするルーシィ。
それを聞いて、獅子宮の星霊はほっと安心したように僅かに、微笑んだ。
もう一度だけ。また苦しくなったら、これが最後だからと自分に言い聞かせればいい。
だから。もう一度だけ頑張ろう。
この先の世界に、望む未来が無くても。
最後まで、ハッピーのように、頑張るんだ―――
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