堕ちた先の世界 [ 16 ]

≪ねぇ、ナツ。≫

≪…なんだよハッピー。≫

≪もし、オイラがいなくなったらどうする?≫

≪……は?≫

≪もし、オイラがいなくなっても、フェアリーテイルの皆がいるよね。大丈夫だよね。≫


大丈夫じゃない。でも―――






≪ね、ナツ。一緒に帰ろう。≫

≪リサーナ…わりぃ…。≫

≪このまま評議院に見つかったらどうするの?私は、ナツを…フェアリーテイルを守りたい…≫


わかってる。でも今は駄目なんだ、まだルーシィに―――






≪姫のいる近くまで、御連れいたします。どうか…姫を、よろしくお願いいたします。≫


誰かに頼まれなくても、オレは、ずっと―――






ルーシィの匂いが近付く。そして離れていく。
約束は大事だと、得意げに話していた遠い昔の彼女の声を思い出す。


 何が約束だ。何が絶対だ。
 期待させやがって、安心させて結局離れていくつもりだったのか?
 このままになんて、させない。


暗闇の中を走り抜ける。木の枝が鋭く額や頬を擦ってもどうでもよかった。
匂いだけを頼りに、その距離を確実に詰めていく。自分より前を行く獣が視界に入り、苛立ちに任せて殴り倒した。
そして、数メートル先。わずかにルーシィの後姿を視界に捉えた。
けれど、突然その姿が消える。闇へと落ちていく。闇に、飲み込まれるように。


「…っ!!」


≪二度と私を探すな。≫
≪もう、ナツの傍には、いられないんだ。≫


去っていった悲しい言葉を思い出す。重く、頭に、響く。


 また闇に飲まれてもいい
 ハッピーの時と同じようにはさせない
 もう二度と…


迷いはなかった。
ナツは落ちていくルーシィを追いかけて闇の中へと駆け出していた。

















冷たい風と熱い熱風が混ざり合いながらルーシィの肌を撫でる。
これは夢かもしれない。
ナツがいたらと願う思いがいきなり叶ってしまい、現実感のない感覚がルーシィを襲っていた。
ただナツの姿を眺めることしかできず、思考も体も固まる。
ナツは、そんなルーシィを睨むように鋭く吊り上がった目でじっと見ている。
そんなナツの様子に気付かず、ルーシィは目の前にいるナツは本物だと、これは現実だと実感したくて、ナツの頬を触ろうと手を伸ばした。

でもその手が頬に届く前に、ナツに掴まれる。
手からじんわりと伝わる温もりにルーシィは思わず目を細めた。
寒く長い夜を過ごしたからか、いつも以上にナツの熱が心地良い、安心する。体の力も気も一瞬で緩んでしまう。
そう思いながら、ルーシィは目を閉じた。


「…!?」


突然、唇に痛みが走る。
ルーシィが目を閉じた瞬間、ナツが唇に齧りついてきた。
それは、口付けという行為には程遠く、痛くて血の味がするものだった。


「っ………いっ」


混乱と痛さでルーシィはナツを押し返そうとする。
ルーシィの抵抗で、ナツはすんなりと身を引いたかと思うと今度はルーシィの首に強く齧りついた。


「いっ…た……!ナツ!いっ……痛い!」


痛さで目に涙が滲む。ルーシィはナツから距離を取ろうと、首に齧りつかれたまま体を後ろへ引きずろうとした。
しかしすぐに背に木の幹が当たる。ルーシィは、ナツを押して引き離そうと両手に力を込めた。ナツはそれを物ともせず今度は肩に噛み付く。


(痛い!どうして…!ナツ、怒ってるの…?)


ルーシィは痛さに頭が働かずただひたすらジタバタともがく。もがけばもがくほどナツに押さえつけられていく。
左手でルーシィの右手を木の幹に押さえつけ、反対の手でルーシィの肩を押さえ込む。
ルーシィは、ナツを引き離そうと空いている左手をナツに向ける。その手にナツは噛み付いた。
押さえつけられている右手も肩も噛まれた手も、ナツが触れている全ての場所が痛い。
この痛みを拒否すればするほど、痛く噛み付いてくるナツに、ルーシィは少しずつ今の状況を理解し始めた。


(もしかして、何も言わず黙って行ったから?)
(違う、約束したのに、守らなかったからだ。私が悪い。私に怒っているんだ。)


ルーシィは痛さに声が出せず、涙を滲ませながらナツを見る。
そして、自分の手に強く噛み付いている、ナツと間近で目が合った。


「………」
「………」


お互い何も言わず、いつものように目で会話するように視線を合わせる。
そして、ルーシィはようやく気付く。
今、目の前にいるナツは今までずっと見てきた、瞳に何の色も宿さないナツではない。
そこに感情が見える。ルーシィの右手を掴むナツの手は僅かに震えていた。

そのナツの背後に揺らめく、闇を照らす炎。
少しずつ地面に散らばった枝や葉に燃え移ってルーシィとナツの周りを炎で囲んでいた。


(そうだ…イグニールもハッピーもナツから離れていった、私まで離れちゃ駄目だった、約束、したのに…)
(ナツを守りたかったのに、元気になってもらいたかったのに、私がナツを傷つけてしまった?)


ナツの炎が赤黒く変化していく。
ルーシィはやっとの思いで、炎の中で見つけたナツを思い出した。
あの時も、こんな炎だった。

右手から伝わるナツの震えを止めようと、ルーシィはぎゅっと手を握り返す。
胸が熱くなる。ナツの感情がそこに、確かに見えるから?
色々な想いが胸いっぱいに広がって、ルーシィの目尻から自然と涙が伝った。


「ナツ、どうしてここにいるの?」

「……」

「…リサーナは?リサーナはどこに行っちゃったの?」


ルーシィがリサーナの名前を出した途端、ナツがびくりと体を揺らし噛み付いていたルーシィの手を離した。
解放された手を伸ばし、ルーシィは今度こそナツの頬にそっと触れる。


「リサーナといた方が…ナツは元気になると思ったの。だから…ナツから離れたのに…」


それでも、自分の所に来てくれたことに喜ばずにはいられない。
もう会えないと思っていた、ナツはリサーナとずっと一緒にいるんだと思っていた。
でも、そのナツが目の前にいる。
ルーシィは、自分の中にあるナツへの想いが熱く膨らんでいくのを感じていた。
涙が止まらずに伝う。ルーシィの瞳から涙が零れる毎に、赤黒い炎が小さく、消えていった。

ルーシィの涙にやさしく、そっとナツの唇が触れる。
そのまま唇が涙の跡を伝って、ルーシィの瞼に触れて、離れていく。
さっきとは比べ物にならないほどのやさしい接触に、ルーシィの頬に再び涙が伝った。


「私、ナツが好きだよ…」


だから、笑ってほしい。幸せになってほしい。
そしてもう一度、ナツとハッピーと一緒に、仕事して、喧嘩して、笑い合いたい。
ずっと、ずっと、いつまでも、そうやって一緒にいたい。
フェアリーテイルの魔導士になって過ごした時間は、かけがえのない幸せな時だった。
皆がいて、ナツがいて、ハッピーがいて、本当に幸せだった。
でもこのままフェアリーテイルに戻れなくても、これから先ナツとハッピーと一緒にいれたら、きっと、きっと同じように幸せだ。

ルーシィの唇に温かくてやわらかい熱が重なる。
ナツの舌が血を舐めるように治そうとするかのようにルーシィの唇をなぞる。
そしてまた、やさしく触れるように重なる。

血と涙の味がする。
頭が、くらくらする。離れていく唇に合わせて目を開けると、目の前がチカチカと瞬いていた。
腕がチリチリと痛い。気が遠くなる、そう思いながらルーシィは、ずっと言いたくて言えなかった言葉を、口に出した。


「ナツ。一緒に、ハッピーを探しに行こう。」


幸せの青い鳥を探しに行くように。
ナツと一緒なら見つけられる気がするんだ。
もう一度、ナツとハッピーと、一緒に笑い合いたい。

ルーシィは、薄れていく意識の中で、ポタリと雫が額に落ちるのを感じ取った。



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