堕ちた先の世界 [ 17 ]
≪ルーシィ!ルーシィーーー!≫
≪わっ、なによハッピー、びっくりするじゃないっ≫
≪見てー!オイラこんなにいっぱい魚釣ったんだ!これ見たらナツ笑ってくれるかな!≫
―――あぁ、これは夢だ。ハッピーがいるわけない。
≪うわぁ…すごいじゃない!…よしっ、じゃあ私が腕によりをかけて料理作るわ!≫
≪……。≫
≪ん?なによ?≫
≪あ、ミラーーー!これでおいしい料理作ってーーー!≫
≪ちょ…ハッピー!?私じゃ不満てこと!?≫
―――私も、ハッピーも、フェアリーテイルにいるわけない。これは夢だ。
≪今日のご飯はこの魚でご馳走にするんです。ナツにおいしく食べてほしいから今回は遠慮しておきます!≫
≪………それは私の料理はまずいってことかしら猫ちゃん…?≫
≪あい?ち、違うよ。ナツはフェアリーテイルの味の方がす……し、親しみがあるから!≫
≪……ふーん。そっかー、ナツはミラさんの料理の方が好きなのかーへぇーー…≫
≪オイラそんなこと言ってないよ!?…な、ナツに何か言っちゃだめだよルーシィ!≫
―――わかってる。夢でいい。もう少しだけ。このまま。
≪何慌ててるのよ…。いくら私でも今のナツに文句言ったりしないわよ。てゆうか、言ったら何かまずいことでもあるの?≫
≪あい…言うなってずっと口止めされてたんだ。ナツに言わないでね?オイラ、今のナツに…≫
≪だから文句言ったりしないって。私も今のナツにそんなことで文句言えないわよ。≫
≪…ルーシィのご飯って当たりハズレがあるんだよね。すごくおいしい時もあるけど、ナツと二人で食べた振りして捨てたこともあるんだ…。≫
≪ちょっと…私の気が変わるようなこと言わないでくれるかしら…≫
―――懐かしいな…こんなやり取りしたことあったな…。
≪でもオイラ、ルーシィの部屋でルーシィとご飯食べるの好きなんだ。ナツもだよ!だからナツ、オイラに言うなって…≫
≪…はいはい。ミラさんに比べたら私の料理は不味いですよーーだ。≫
≪もぉーそうじゃなくって!だからね、オイラこの魚は、ルーシィとナツと一緒に食べたいんだ!≫
≪え?≫
≪ナツもきっと今でもルーシィとご飯食べるの好きなはずだから…オイラが釣った魚とルーシィが一緒だったら、きっと笑ってくれると思うんだ!≫
そうだ思い出した。
あの時食べた魚の料理、どれもすごくおいしかった。
ハッピーがいて。ナツがいて。一緒だったからかな。すごくおいしかったな。
さすがミラだって、ハッピーの言葉にはちょっとむかついたけど、ハッピーがいなくなったのはこの後すぐだった。
うっすら瞼を開けると、月明かりに照らされた窓枠の格子が天井に細長く映し出されているのが見えた。
(あれ、ここどこだろ…)
ルーシィは夢の余韻もあってか、見覚えのない天井を呆然と眺める。
しばらくそのまま天井を眺めていると、耳元で誰かの寝息が聞こえてきた。
(あれ。ナツだ。ナツがいる…。)
夢の余韻か寝起きで頭が働いていないのか、ルーシィはすぐ隣りで眠っていたナツを見つけてもぼんやりと眺めるだけだった。
(私、どうしてここにいるんだろ、ナツもどうしてここに…)
ぼんやりとしたまま、目の前にあるナツの前髪に触れてみる。
親指と人差し指の間で感触を確かめるようにくるくると捻るように触っていると、穏やかな寝息の間に小さく声が漏れて聞こえた。
「ん…」
その瞬間、ルーシィの心臓がどくりと音を立てて跳ね上がる。
寝息との間に漏れたうわ言だったが、確かにナツが声を発した。ルーシィは、興奮で完全に目が覚める。
体を起こしてなぜかその場で正座し、今度はナツの髪を軽く引っ張った。
「……ん゛ー……」
静かな夜にルーシィの鼓動が鳴り響く。ナツの声だナツの声だと、興奮と感動が渦巻いていく。
ナツの声を忘れたかもしれないと思っていたが、実際聞いてみると耳がちゃんと覚えていた。
もう一度聞きたいと、ルーシィはナツの髪をやさしく撫でて引っ張るを繰り返す。
そして、そのまま夢中になって気付かなかった。
いつのまにかナツがやや半眼でルーシィを見上げていたことに。
「……わ!?ご、ごごごめん!こ、こここれは…」
ナツと目が合って慌ててナツの髪から手を離し、弁解を始めるがすぐに言い淀んでしまう。
寝言を聞きたくてやっただなんて、なんだか恥ずかしくて言い辛い。
頬を染めてもじもじと口ごもったままのルーシィに、ナツは半眼で眺めながら正座したままのルーシィの腰に手を伸ばした。
力強くナツの横に引きずり込まれる。まだ夜だから寝ろと言うのか、ルーシィが隣りで横になったのを確認するとナツは満足したように再び目を閉じた。
そしてそのまま、ぎゅっと、抱きしめられる。
(…!!!)
一瞬でルーシィの全身にびりびりと血液が急速に駆け回る。顔がすごく熱い。緊張で必要以上に体に力が入り、固まってしまう。
ナツのことが好きだと自覚してしまったからだろうか。このままいつものように眠るなんて到底できそうにない。
ルーシィは、ナツから距離を取ろうと錆びたロボットの腕を動かすようにぎこちなく腕をつっばって、ナツを押し返そうとする。
その行動が気に障ったのか、ナツがうっすらと目を開けて腕を動かす隙間がないように密着してきた。
「…っ!!」
心臓が張り裂けるんじゃないかと思うぐらいうるさい。この振動はナツにも伝わっているはずだ。
ルーシィは緊張と羞恥でややパニック状態になりながら今度は全力でナツを押し返した。
さらにそれが気に障ったのかナツはルーシィを半眼のまま睨んだかと思うと、ぐるんと体を半回転させてルーシィの上に覆い被さってきた。
上からじぃっと見下ろされる。両手がぎゅっと繋がれる。
「…わ!?ちょっ!……ま、待って!!ナツ!お、落ち着いて!落ち着こう!!」
違う。落ち着かないといけないのは私だ。
自分の気持ちを自覚する前なら、こうゆう体勢になっても平然とナツを見返せた気がする。
でも今は直視できない。この体勢を受け入れられない。一分一秒が耐えられない。
ルーシィは、この体勢を変えようと必死にもがいた。すると徐々に繋いだ手が痛いほど強く握られていく。
ナツの目を見ると、鋭く吊り上がった目の中で怯えるように瞳が揺れていた。
「あ…ち、違うよナツ!とりあえず今はナツから離れたいんだけど……あ、いや、そうゆう離れるじゃなくって!」
ルーシィは、ナツの目の色が変わりそうになって慌てて訂正する。
「わっ…私は……ずっとナツと一緒にいたいって思ってるから!この前離れたのは、本当は離れたくなかったけどナツのことを思って!」
ナツの様子を見ながらアタフタと説明を続けるルーシィの話をナツは聞いているのか聞いていないのか。
下にいるルーシィに重みがかからないように両肘を立てて、両手は握ったまま甘えるようにルーシィの左頬にすりすりと頬を擦付ける。
ルーシィはナツのその行動に言葉をなくし、再び鼓動が大きくなるのを感じた。
離れるという行為はナツに恐怖心を与えるのかもしれない。拒否すればナツをまた傷つけることになるのかもしれない。
ルーシィは内心慌てながらもそのままこの状態を我慢することに決めた。
ナツがルーシィの匂いを確かめるように首筋に鼻を寄せる。吐息があたってくすぐったい。
ルーシィが目を強く瞑って手をぎゅっと握り返すと同時に、首筋にナツの唇が触れた。
そのまま、ちゅっちゅっと音を立てて首筋を上がっていき、耳に唇が触れたところで早々にルーシィの我慢が、限界に達した。
「ナツやっぱりごめん!ストップ!ちょっと……す、ストップって!!…………し!心臓が………ば、爆発する!!」
ルーシィの言葉を無視してナツは上唇と下唇の間にルーシィの耳朶を挟む。
触れる唇がやさしかったのと同じように、いつのまにか手もやさしく握られている。
それをいいことにルーシィは、思いっきりナツをはね除けた。
ゴンっと壁に何かが激突する音が聞こえたがそれを確認する余裕もなくルーシィは起き上がり、ベッドの端に座って気持ちを落ち着かせようとゼェ、ハァ、と深呼吸を繰り返す。
窓枠の向こう側に白く丸い月が見える。自分の鼓動の音しか聞こえない夜にルーシィはふと、疑問を抱いた。
(あれ?今って夜?…夜明けだったはずなのに…)
「ナツ今何時!?私ずっと……どのぐらい寝てたの!?…てか、ここどこ!?」
ルーシィは、慌ててナツを振り返りながら捲くし立てる。
ナツは、後頭部を擦りながらベッドの上に胡坐をかき、ムスッと不機嫌そうに口を尖らせていた。
確か森の中にいたはずなのに、どう見てもこれはどこかの室内だ。
室内ということは、どこかの街にいるということだ。
「どうして街に!?こんなところにいたら評議院に見つかっちゃう!」
「………」
「な、ナツ!どうして街にいるの?…ねぇって!」
「………」
「私、評議院の人たちに会ったの、ここがどこだかわからないけど、私達がいたすぐ近くまで来ていたの!それにグレイだって………」
「………」
「………ナツ?」
ルーシィの言葉にナツは何も返さずに空ろに瞳を伏せている。
もう喋れないはずはない、リサーナには確かに何か喋っていたのだから。
(私には…喋ってくれないの?)
ずきりと胸が痛む。本当は最初からそうだったのかもしれない。ルーシィにだけ喋らないのかもしれない。
どうして、と責めたくなる気持ちをぐっと堪えてルーシィはナツの胸元を掴んだ。
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